2020年04月06日

2020/4/6早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、マルコによる福音書11:15-25からです。

本文とメッセージはこちら

イエス様は律法を越える救い、すなわち十字架の贖いによる救いを成就するために地上に来られました。
そしてその十字架に至る歩みの中で、十字架による神の国について教えられたのです。
このマルコによる福音書もそのような教えに満ちています。
イエス様の教えはただ概念の説明だけではなく、日常的なたとえ、奇跡、そして行動によるものでした。
(この箇所は受難週の1日めにあたります。)
この宮をきよめる行動から、私たちは学ぶことができます。

第一には、全世界の(異邦人も含む)救いということです。
この商売は「異邦人の庭」という場所で行われており、ユダヤ人以外の人々の信仰の場だったのです。
イエス様は「すべての民の」と、聖書を引用し全世界の救いを強調なさいました。
このように十字架は全ての民のためです。

第二には、律法による権威主義の否定です。
行いによる救いという律法主義は、当然行いによって人を差別します。
またその立場によって優劣をつけます。
特に祭司長、律法学者などは特別な人とされ立派な信仰を求められると同時に、自分たちの権威を守り一般の人々を見下していたのです。
ですから彼らは権威を守るために、イエス様を殺そうとしたのです。
(神様のみこころに権威があるのです。)

第三に、お金への執着です。
律法主義、権威主義を維持するために、宗教指導者たちはお金の力を利用します。
神殿での商売を許し、それで利益を上げて宗教活動を維持しようとします。
そのような宗教によって導かれるイスラエルの人々は当然、お金に執着します。
中には「強盗」のように不正な利益さえ得ようとする者も出ます。

そのようなイスラエルの状況の中で、イエス様は弟子たちに本当の神の国(神の支配)を教えました。
すなわち、いちじくはイスラエルを表しますが、以前いちじくに実がないのを見たイエス様は、「だれも…実を食べることのないように」と命じられました。
そのいちじくが結実しないうちにイスラエルの滅びが来ることを暗示なさったのです。
そのいちじくが枯れたのを見て弟子たちは神であるイエス様の力に驚きますが、イエス様はそれをきっかけにして、弟子たちに信仰の力を教えられます。

イエス様がおっしゃるように、疑わないほどの信仰を持てるように神様のみこころと一致して歩む者となりましょう。
また「信仰がある」と自負する前に、人との交わりにおいても、わだかまりのない平和な関係を築きましょう。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | バイブルメッセージ