2020年05月31日

2020/5/31主日礼拝

5月31日・ペンテコステ礼拝の放送です。

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2020年5月31日NGC SundayCelebration (YouTube)

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前奏
賛美「聖霊の風」
招詞
礼拝祈祷
賛美「注ぎたまえ主よ」
お知らせと報告など
賛美「いのちの光」
司会
使徒信条
主の祈り
祈祷
聖書 ローマ人への手紙4章24〜25節
メッセージ「キリスト復活の意味」
祈り・応答
賛美「御名を掲げて」(献金)
頌栄「父・御子・御霊の」新聖歌63番
祝祷
後奏
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司会:中川宏道兄
説教:岡本伸之牧師
Praise & Worship
 WL:Yama
 Cho:DJshuntaro
 Key:DJshuntaro
 G:Shota
 Dr:Nobu
 PA:Setsuko
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2020/5/31早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、申命記26:12-19です。

本文とメッセージはこちら

ここにある「第三年目の十分の一」は第二の十分の一と呼ばれるもので、神殿にささげるものとは別で、あらゆる人々と楽しむためのものです。
特に豊かにはなりづらい人々のためにも楽しむものです。

このように信仰は主の祝福をもたらすものですから、それを大いに喜ぶことは健全なことです。
教会の交わりでも大いに喜び楽しむ必要があります。
ただしここにあるように、気に入ったメンバーだけでなく、外の人をも仲間にして楽しむべきです。
実はその方が、もっと楽しいものです。

そこで祈るように語られています。
信仰を守りましたという祈りです。
これは主に従う自己像の確立になると思われます。
あまり馴染みがない人もいるかもしれませんが、このようは祈りもしてみましょう。

そして、時に応じて16節からあるような、主への従順と祝福の一体を思い起こしては、前進してゆきましょう。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | バイブルメッセージ

2020年05月30日

2020/5/30早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、申命記26:1-11です。

本文とメッセージはこちら

「初穂」を主にささげるということは、主を第一にしているということです。
収穫して十分に蓄えて、その残りをささげるのではありません。
主にささげた後に、その後刈り入れができなくなるということはまずないと思いますが、仮にそうであったとしても、先ず主にささげるのです。
主が与えてくださった収穫だからです。
それは今の私たちも同じです。

またそのささげものには信仰と感謝が込められます。
単に収穫が与えられたというだけではなく、そこには信仰の理解がありました。
すなわち、この収穫をもたらした地は、主への信仰で従ってきた約束の地なのだということです。
主は信仰のゆえに祝福してくださるのです。
私たちの収入や成功もまた主のご計画と約束、それに従った信仰のゆえであることを覚えて、主に感謝し、そして主へのささげものを優先させましょう。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | バイブルメッセージ

2020年05月29日

2020/5/29早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、申命記25:11-19です。

本文とメッセージはこちら

「隠しどころ」とは男性器のことです。
いかなる事情があっても、女性がこれを攻撃することは赦されませんでした。
「手を切り落としなさい」というのはあまりにも厳しいと思えます。
この命令に関しては、非常にまれな具体的状況が前提になっており、実際に適用されるような事件は起きづらいでしょう。
おそらくこれは刑を執行するためではなく、抑止的な目的で語られたと思われます。
だとしても、女性は男性を辱めたり卑しめたりすることは、してはならないということです。

秤(はかり)や枡(ます)にしかけをして、グレーな利益を得ることは禁じられています。
そのような人生を歩むなら、祝福はなく逆に敵をつくり、そして長く生きることはできないでしょう。
少なくとも本当の人生を送ることできなくなってしまいます。

「アマレクがあなたにした事」の記憶はイスラエルの危機管理に役立ったと思われます。
同じような民に悩まされることもあるでしょう。
また主の守ってくださったことも同時に思い出すでしょう。

しかしそのアマレクのような偶像礼拝の民がイスラエルの誘惑にもなり得ます。
興味本位で敵のことを見ると、落とし穴があるのです。
ですからアマレクのしたことは忘れないで、そしてアマレクへの興味からくる記憶は消さなくてはなりません。
私たちも、過去の悩みやその原因を忘れずに今に生かしましょう。
また守られたことを主に感謝しましょう。
そして興味本位になりそうな事柄は忘れましょう。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | バイブルメッセージ

2020年05月28日

2020/5/28早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、申命記25:1-10です。

本文とメッセージはこちら

「悪い」と判決が下された者に対しても、「卑しめられない」ようにするのが主の御心です。
同じ人であり、神の前には同じ罪人であることを考えると、今も同じことが言えます。

「くつこ」とは口をふさぐ道具であり、「脱穀をしている牛に」掛けるなら、食べることができません。
仕事をするものの権利として命じられています。
新約でもパウロはこのところを、フルタイムの働き人のために引用しています。
十分な報酬が尊敬として与えられるべきであるということです。

5節以下を見ると、神がいかに長子を尊重しておられたかが分かります。
それは一族の平和のためでもありますが、一方、神の長子であるイエス様を表すためでもあります。
一族の中で長子を尊重することは、権威と秩序を守ることであり、それは女性への好き嫌いを超える重大事です。
それが尊重できない人は恥を見ることになりました。

神が与えられた権威と秩序を尊重しましょう。
また神の長子であられる御子イエスの権威と秩序を守りましょう。
その点で恥を見ないようにしましょう。

祝福を祈ります。
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2020年05月27日

2020/5/27早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、申命記24:14-22です。

本文とメッセージはこちら

困窮している人や社会的弱者のための命令です。
そのような人々の生活や思いにも心を砕かなければならないのであり、そのために具体的に主がモーセを通して命じられています。

そこには「エジプトで奴隷であった」という過去を思い出すようにとあります。
自分も同じであったということは、また同じになる可能性もあるのです。
私たちも、弱い方々のために配慮することが、自分のためでもあったかもしれないとの思いに立ちましょう。

穀物やオリーブを収穫するのに、取り残しをあえて放置するのは効率が悪いでしょう。
そのようなことを命じられる社会の生産性は上がらないでしょう。
しかしその上がらなかった分は、それを必要としている人のものだと、主は仰せられます。

主はそれが社会に必要であると考えておられるのです。
現代でも同じです。
生産性や効率を追求しすぎると、人々の心がすさんできます。
そのような社会は何年か後には、心の問題から生産性までもが失われてゆくでしょう。
すでにそのような現象が見られます。

これは教会でも、家庭でも、職場でも、学校でも同じでしょう。
みなが安心して心を通わせるところに、本当の共同体の姿があるのです。

祝福を祈ります。
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2020年05月26日

2020/5/26早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、申命記24:1-13です。

本文とメッセージはこちら

この「恥ずべき事」を、イエス様は不貞と理解しておられました。
妻がそのようなことをした場合は、その夫婦関係にとどまることはできませんでしたが、しかしまた結婚することは許されたようです。
心機一転して新しい人生を始めることはできたようですが、また同じ事を繰り返して初めの夫に戻ることはできませんでした。
もしもそれが許されるなら「地に」倫理的な混乱を招くでしょう。

新婚の人、ひき臼を質に入れるほど貧しい人を思いやることが命じられています。
私たちも共感や同情の心を持って行動しましょう。

ツァラアトは感染症なので、罪のイメージと似ています。
衛生面で正しい習慣を守ることと、そこから罪についての警戒を学ぶ必要がありました。
私たちは感染症と罪を混同してはなりません。
また病の原因を罪と短絡的に考えてはなりません。
しかし罪が感染するものであることは肝に銘じておく必要があります。
しっかりときよめられましょう。

祝福を祈ります。
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2020年05月25日

2020/5/25早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、申命記23:15-25です。

本文とメッセージはこちら

「逃げて来た奴隷」は、身の危険があったなどの事情があるのですから、行く場がないので、彼を助けなければなりません。
最も苦しい境遇と言ってよいでしょう。
身分のためにそのような人が助けられないなら、民の中に主の御心は働いていないことになります。
苦境にある人を、その人が誰であっても助けましょう。

異教の神殿には娼婦や男娼がいました。
もともと偶像とは人間の欲望を満たすために造ったものですから、偶像を拝むことと欲望を満たすことはつながりやすいのです。
しかしイスラエルでは、偶像ではなく真の神を礼拝しました。
欲望よりも神の聖なる意思に従います。
しかし周辺国の影響されて遊女も出現したようです。
信仰と欲望が混同されないように、自分自身の魂を見張りましょう。

金や食物を貸すというのは、困った人に対してだと考えられます。
本来助けるべき行為が、相手の負担になったり、自分自身の欲得のためであったりしてはなりません。
外国人は神の民イスラエルとは違う倫理観で生きていたでしょうから、彼らの習慣に則って貸すということかもしれません。
少なくとも主に従う者に対しては、助ける思いがなければなりません。

「主に誓願をするとき、それを遅れずに果たさなければならない。」とあります。
祈りの中で約束して、まだ実行していないことはないでしょうか。
もしも無理なことであるなら、「誓願をやめる」必要があります。
それはもう一度祈り直して、主の御心を聞き直すことです。

「思う存分」食べられたら、その持ち主は損をすることになります。
しかし、その実りは主が与えたものです。
与える者には、もっと多くが与えられるという信仰を持ちましょう。
必要がある人は、自分を卑下することなく、主の御心として感謝して、主の許される中で受けましょう。

祝福を祈ります。
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2020年05月24日

2020/5/24主日礼拝

5月24日の放送です。

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2020年5月24日NGC SundayCelebration (YouTube)

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2020年5月24日NGC SundayCelebration (WMP)

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前奏
賛美「ここで礼拝するため」(トラブルのため、放送はここの途中からです)
招詞
礼拝祈祷
お知らせと報告など
賛美「大いなる方に」
音楽「主はあなたを守り」
使徒信条
主の祈り
祈祷
聖書 ガラテヤ人への手紙2章20節(新改訳2017:19節後半〜)
メッセージ「十字架を体験する」
祈り・応答
賛美「主の手にわが手を重ね」(献金)
頌栄「父・御子・御霊の」新聖歌63番
祝祷
後奏
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司会:山本真一兄
説教:岡本伸之牧師
音楽:長縄俊一郎兄
Praise & Worship
 WL:伸之師
 Cho:DJshuntaro
 Key:DJshuntaro
 Pf:Miyuki
 Dr:Ai
 PA:Setsuko
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2020/5/24早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、申命記23:1-14です。

本文とメッセージはこちら

神の完全さときよさが集会においても表される必要がありました。
律法というような規定でそれをするとなると、線引きが必要で、個々の人々にとっては不条理なことも出てきます。
「陰茎を切り取られた者」であるエチオピアの宦官は救いに与りましたし、「不倫の子」とはまさにイエス様に投げかけられた言葉です。
神様の愛には変わりないことを確信しつつ、神様の完全ときよさを表すのは私たちの信仰の歩みであることを覚えましょう。

「出陣」している陣営の規定が述べられています。
大切なことはイスラエルの出陣は、主の戦いであるということです。
そこには主がおられなければなりませんし、主にふさわしいところでなければなりません。

「精を漏らす」という行為は快楽につながるものですから、心理的にも正しく処理する必要があります。
また「排泄物」は衛生に関わりますから、しっかりと処理しなくてはなりません。

私たちもこの世にあっては、自分自身の毎日が「出陣」している「陣営」ですから、「主が、あなたを救い出し、あなたの陣営の中を歩まれる」ことを忘れないで、主にふさわしい生活を整えましょう。

祝福を祈ります。
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2020年05月23日

2020/5/23早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、申命記22:13-30です。

本文とメッセージはこちら

約束の地においても社会にとって最も重要なのは、結婚と家庭が守られることです。
結婚または婚約している男女に関しては非常に厳格な規定があるのはそのためです。
私たちも幸いが長く続くために、また子や孫や共同体のためにも、「悪を除き去りなさい。」という主の命令に従う必要があります。

祝福を祈ります。
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2020年05月22日

2020/5/22早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、申命記22:1-12です。

本文とメッセージはこちら

何もしなければ責任は問われないというものではありません。
正しいことを知っていながら、しないのは罪であるとヤコブ書にもあるように、家畜などが迷っているのを見た場合は、それを助けなければなりません。
単に責任逃れのように何もしないのではなく、良いことを選択しましょう。

神様から与えられた性を、健全に祝福されたものであるように生きることが求められています。
またそれは個人の幸せでもあります。
それを混乱させるような習慣や遊びは「忌みきらわれる」のです。
ただし新約の現代においてはこれを律法として考えると差別となり得ます。
性同一性障害といった事情や歌舞伎などの芸術に関しては、別の議論が必要でしょう。

母鳥とひなとを一緒に取ってしまうのは、心ないやり方です。
動物とはいえ、愛護の精神がないと人間社会にも影響してきます。
動物愛護は回りまわって、人間の「しあわせ」にも関係するのです。
屋上の手すりも重要です。
だれに対しても安全を考える必要があります。
万全を期しましょう。

種や糸の例にあるように、別種類のものを混合させるのは、「汚れている」と言われています。
きよくないのです。
自然界でも畑が不作になったり、作業がうまくいかなかったりします。
何よりも、それは民の生き方に影響すると考えられたようです。
相矛盾するものを隠し持っているようなやり方にならないように、生き方を考えましょう。

祝福を祈ります。
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2020年05月21日

2020/5/21早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、申命記21:15-23です。

本文とメッセージはこちら

旧約においてはまだ一夫一妻制が確立していませんでしたから、このように妻を複数持つこと、そして偏り愛することがあったようです。
それは家族や共同体のトラブルに発展します。
それを制限するために、長子である子の権利を偏愛によって損なわれないように考えられていました。

「かたくなで、逆らう子」の規定があります。
わが子を死罪に定めるのですから、そこには極限状態があったであろうと想像されます。
そのような事情から家庭内暴力や、殺人などの事件に発展することが現代にもあります。
そのような極限状態をも人間社会では扱わなくてはなりません。

ここでは、両親に決断が求められています。
当然、そのような決断の選択肢があることによって、更生した子も多いでしょう。
また子供と勇気を持って向き合った親も多かったことでしょう。
その意味でこの規定は機能したと想像できます。

しかし、どうにもならないような場合は、息子を訴えることが最終手段としてありました。
その場合、親の主観ではなく、「長老たち」を通してでなければなりません。
個人の判断だけで命に関わることを決断するのは得策ではありません。

それでも親のエゴであった場合はどうなのかと疑問が残ります。
が、他の規定では、「ある人に不正な証言をするために悪意のある証人が立ったときには、… さばきつかさたちはよく調べたうえで、…偽りの証言をしていたのであれば、 あなたがたは、彼がその同胞にしようとたくらんでいたとおりに、彼になし…」とあります。

神の民にも極限的は不幸はありうるものです。
主はそのようなときにも、個人と社会とに最善になるように配慮を持っておられる方です。
どんな状況にも、主の御心を仰ぎましょう。

祝福を祈ります。
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2020年05月20日

2020/5/20早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、申命記21:1-14です。

本文とメッセージはこちら

約束の地であっても、事件は起こります。
神の民であっても、殺人というような凶悪事件が起こりうるという危機管理意識は必要です。
教会にも、またクリスチャンの人生にも起こりうることです。
しかも、この規定にあるのは、犯人が分からない場合です。
現実世界にも、真実がどうであったか分からないことがあります。
よく起こるのは”言った”・”言わない”という争いかもしれません。

そのような場合は神様に任せるという信仰が必要な場合があります。
自分の正しさを主張する前に、事実を明らかにしようと挑む前に、主にゆだねましょう。
人の正義よりも主の御心を優先できるかどうかが大切です。

ここで扱っている事例も、事実が分からない場合です。
そのようなときは、民の信仰が大切で、主にゆだねる信仰の表明が大切なのです。

捕虜の女性をめとった場合の規定についても書かれています。
その場合、捕虜であってもその悲しみに寄り添い、人権を大切にするように命じられています。
弱い立場の人を大切にしなくてはなりません。 

祝福を祈ります。
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2020年05月19日

2020/5/19早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、申命記20:10-20です。

本文とメッセージはこちら

戦いをするときに、「まず降伏を勧めなさい。」とあります。
極力平和裏にことを進めるのが神様の道です。
しかし、戦いを挑んでくるなら、主は勇敢に戦うことを命じておられます。
主のための戦いは徹底的な勝利が求められます。
また敵との戦いになって、次に敗れることがないためです。

なぜ「生かしておいてはならない。」のかというと、それは彼らが、子供を火に焼くなど「忌みきらうべきことをする」からです。
しかもそれをイスラエルがまねる可能性があるからです。

神の栄光と正しい信仰のためであるなら、徹底的な勝利を求めましょう。
もちろん私たちにとっては、血肉の戦いではありません。
人を苦しめるための勝利ではなく、サタンに対する霊的な戦いであり、愛が実現する勝利です。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | バイブルメッセージ

2020年05月18日

2020/5/18早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、申命記20:1-9です。

本文とメッセージはこちら

戦いのための規定です。
この世にあって、私たちも勝敗を決しなくてはならないことがありますから、ここから学ぶことができます。
ただし、ここにある旧約の戦いは偶像・邪教との戦いでもありますから、現代の競争と全く一緒にすることはできません。
その本質を見極めて学ぶ必要があります。

「あなたよりも多い軍勢を見ても、彼らを恐れてはならない。」とあります。
主のための戦いであるなら主が戦ってくださるから、心配はないのです。
ただし、そのような信仰を持つことは簡単ではないかもしれません。
その確信はどこから来るのでしょうか。
それは礼拝からです。
主との仲立ちとなってくれる祭司のことばが、確信となるのです。
すなわち、聖書のことばです。

また、さまざまな事情で戦いに専念できない人への配慮が書かれています。
戦いのときには士気が劣る者がいると、全体に影響するからです。
私たちも自分自身がまだ恐れを持っていないか、弱気になっていないか考えてみる必要があります。
であるなら、まだ主のときではないのかもしれません。
よく祈りましょう。

祝福を祈ります。
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2020年05月17日

2020/5/17主日礼拝

5月17日の放送です。

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2020年5月17日NGC SundayCelebration (YouTube)

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2020年5月17日NGC SundayCelebration (WMP)

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2020年5月17日NGC SundayCelebration (RAM)


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前奏
賛美「花も」
招詞
礼拝祈祷
お知らせと報告など
証し
賛美「聖い文は教える」新聖歌259番
   「その日全世界が」
   「約束の地」
使徒信条
主の祈り
祈祷
聖書 ローマ人への手紙5章8〜9節
メッセージ「十字架による和解の力」
祈り・応答
賛美「主イエスの十字架の血で」(献金)
頌栄「父・御子・御霊の」新聖歌63番
祝祷
後奏
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司会:山本真一兄
説教:岡本伸之牧師
立証:大森愛姉
Praise & Worship
 WL:Miyuki
 Cho:Nobu & DJshuntaro
 Key:DJshuntaro
 G:Nobu
 Dr:Ai
 PA:Setsuko
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2020/5/17早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、申命記19:15-21です。

本文とメッセージはこちら

正義が重んじられる社会においては、特に正義を装った「偽りの証言」が注意される必要があります。
無実の罪によって罰せられないためです。
特に「悪意のある」者が自分の先入観や策略で証言した場合、これを見分けなくては社会が混乱してしまいます。

主は 「ふたりの証人の証言、または三人の証人の証言によって」と規定しておられます。
その上で祭司とさばきつかさが「よく調べ」とあります。
主は被告の人権をも認めておられ、偏り見ない方です。

もしもそれが策略であった場合は、「彼がその同胞にしようとたくらんでいたとおりに、彼になし…」とあるのは、モルデカイを暗殺しようとしたハマンを思い起こさせます。

人を偏り見ることなく、正義が真実によって実現するように、日ごろから客観的な視点を持つよう心がけましょう。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | バイブルメッセージ

2020年05月16日

2020/5/16早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、申命記19:1-14です。

本文とメッセージはこちら

過失によって人が死んだ場合でも、被害者側からすれば恨みに思うものです。
ただし主はその恨みにまかして新たな殺人が起きないように配慮なさっています。
人はその結果を見、また自分自身への被害や得を見ますが、神様は心を見られます。

ですからもしも「待ち伏せして襲いかかり」というような故意であるなら、その心をご覧になり「罪のない者の地を流す罪は、イスラエルから除き去」るように命じられるのです。

主の配慮が私たちの日常にも及ぶようにしましょう。
すなわち、結果や自分への被害だけで人を見るのではなく、人の心で判断するようにしましょう。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | バイブルメッセージ

2020年05月15日

2020/5/15早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、申命記18:15-22です。

本文とメッセージはこちら

「私の神、主の声を二度と聞きたくありません。またこの大きな火をもう見たくありません。私は死にたくありません。」というのは、民が火の中から語られる主の力を見たときに、恐れをなして言ったことばです。
主の偉大さのほんの一部でも見るなら、誰もがこのように恐れるのです。
それゆえ神様は「預言者をあなたのために起こされる。」と約束なさり、民と神との間を取り持つ存在を起こされると言われました。

その後にさまざまな預言者が立てられましたが、その完全な存在はイエス様です。
恐るべき神と人との間に入って、ご自分をささげてくださった方です。

しかしまた旧約時代においては、人間の偽預言者が現れたのも事実です。
その見分け方は「言者が主の名によって語っても、そのことが起こらず、実現しないなら」、それは神のことばではないということですから、偽です。

私たちも本物と偽を見分ける必要があります。
何か人を驚かせるようなトリックではなく、人を救いに至らせるのが本物です。
ですからイエス様を告白する霊が本物であるのです。
霊を見分け、本当の神のことばを聞き分けましょう。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | バイブルメッセージ