2020年06月22日

2020/6/22早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、申命記34:1-12です。

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申命記はモーセによって書かれましたが、さすがに自分が死んだ様子を記すことはできません。
これらは後の者が(おそらくはヨシュアなどが)、申命記を完成されるために付け加えたとものです。
ここもまた聖霊によって書かれたもので、申命記が神の目的を持って書かれたものであるということが分かります。

モーセは主から約束の地を見せられましたが、「わたしはこれをあなたの目に見せたが、あなたはそこへ渡って行くことはできない。」と言われました。
彼は120歳になってはいましたが、「目はかすまず、気力も衰えていなかった」ので、なぜ自分がこの世を去らなくてはならないのかと思ってもおかしくありません。

それでも、彼は神を恨むことも、民の不従順のせいにすることも、自分の行いを後悔することもありませんでした。
人間は完全でありませんが、主のなさることは最善だからです。

実は約束の地とは言っても、それは天の永遠の住まいの影にしか過ぎないのです。
その証拠に今でもこのカナンの地ではイスラエルとパレスチナとの領土問題が続いています。
モーセは完全な解決であり、安息であり、喜びであるところの神のもとに行くのですから、それは最善です。

またその時も最善だったと思われます。
この後ヨシュアが指導者となってカナンの地を勝ち取り、そこで国としての基礎を築いたことを考えると、リーダーが変わることで成功したといえるでしょう。
何より重要なことは、ヨシュアがモーセに従順であったということです。
モーセ自身が自分に従順であっても意味がありません。
後継者がモーセに、すなわちモーセを通して与えられた主の御心に従順であったということが大切です。
その従順さこそがイスラエルに必要であったのです。

主の最善の判断と時に信頼しましょう。
自分の願いよりも主の御心を悟り、本当の希望を見出しましょう。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | バイブルメッセージ