2021年01月20日

2021/1/20早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、マタイによる福音書5:1-16です。

本文とメッセージはこちら

「心の貧しい者」とは、自分の心の内を謙遜に見つめて、主がいなければ自分はやっていけないのだと、主に依り頼む人です。
そのような人は「天の御国」すなわち、神の支配によってすばらしいみわざを見ることができます。

「悲しむ者」とは、それが自分のことであれば、主への信仰によって益と変えていただくことができ、また他の人のことであれば、その愛のゆえに主の恵みを見て、慰めれられることができるということです。
ただ良いことがありますというのではなく、心も慰めに満たされるのです。

「柔和な者」とは色々な解釈が可能ですが、その原語のニュアンスは、バランス感覚ということができます。
主の聖霊によって生きる人は、自分の感情や経験や主張などに支配されないで、穏やかな判断ができるのです。
柔和とそのような人格を表しています。
そのような人は「地を相続する…」すなわち地上の世でも、人の上に立つようになってゆくのです。

「義に飢え渇いている人」とは、主の義を求める人です。
勧善懲悪的なヒロイズムの正義感とは違います。
主の義は愛が伴います。
主の義は必ず勝利しますから、満ちたりるのです。

「心のきよい者」の「きよい」は、聖霊に使われることばハギオスとは違うカサロスです。
これは純粋という意味があります。
心や興味関心に不順なものがなく、常に大切なものを求めているような心の状態です。
そのような人は一心に神を求めますから、神を経験し神のことばを聞き神を見ることができるのです。

「平和をつくる者」とは、平和が欲しいと求めるだけの者ではありません。
平和のないところ平安のない状態に、平和をもたらすのです。
それは愛と犠牲と高い理想と希望があってできることです。
それは主からいただくのです。

「義のために迫害されている者」は、単に迫害されているというのではなく「義のために」ということです。
「喜び…踊る」ほどの喜びが与えられるのは、主のために行動してそれゆえに苦労しても、負けない人です。

以上の真理、すなわち神の国の価値観に生きて、地の塩・世の光となりましょう。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | バイブルメッセージ