2021年01月21日

2021/1/21早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、マタイによる福音書5:17-26です。

本文とメッセージはこちら

救いは信仰によって与えられるもので、律法主義のように行いを強調するのは、むしろ不信仰であると考えるのは、勘違いです。
信仰によって救われたなら、良い行いをするように心がけるべきです。

神様は律法を「廃棄」なさったのではなく、「成就」されたのです。
つまり、イエス様の生涯において律法を正しく守り罪のない人として生きられました。
また人の罪を負って、律法の要求するさばきを完全に実現なさいました。
そして、その救いを信じて受け取る者にとって、さばきという律法の要求が満たされたこととなりました。
さらには、そのような救われた者は、聖霊によって正しく良い行いができるようになり、その結果律法の要求するところを満たす生き方ができるようになるのです。

このように、イエス様は何重もの意味で、完全に律法を「成就」されたのです。
私たちもその確かな信仰を持って、聖霊によって内側から、すなわち動機から変えられる者であるという、正しい自己像を持ちましょう。
それが「パリサイ人にまさる義」です。

兄弟姉妹を「能なし」「ばか者」というような、下に見る思いを捨てましょう。
関係が悪いなら、自分の信仰は正しいという観点で自己正当化するのではなく、「祭壇の前」すなわち信仰のルーティンをその「ままにして」でも謙り、「仲直り」しましょう。
訴えられても自分に分があると思わないで、「仲直り」しましょう。
どちらに非があるかではなく、平和はつくり出すものだからです。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | バイブルメッセージ