2021年08月08日

2021/8/8主日礼拝

8月8日の放送です。

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2021年8月8日NGC SundayCelebration (YouTube)

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2021年8月8日NGC SundayCelebration (WMP)

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2021年8月8日NGC SundayCelebration (RAM)


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賛美「イエスわがすべて」
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前奏
招詞
礼拝祈祷
賛美「栄光・誉れ・栄えあれ」
お知らせと報告など
賛美「キリストは生きている」
   「ありがとう」
司会
使徒信条
主の祈り
祈祷
聖書 士師記6章11〜24節
メッセージ「人の循環から神の前進へ」
祈り・応答
賛美「大いなる方に」(献金)
頌栄「父・御子・御霊の」新聖歌63番
祝祷
後奏
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司会:山本真一兄
説教:岡本伸之牧師
Praise & Worship
 WL:岡本節子副牧師
 Cho:DJshuntaro, Tsubasa(3)
 Key:DJshuntaro
 Dr:Tsubasa
 PA:Ai
posted by DJshuntaro at 14:08 | Comment(0) | NGC Service配信放送

2021/8/8早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、士師記3:1-11です。

本文とメッセージはこちら

「主が残しておかれた異邦の民」(1)とありますが、もともとはイスラエルが主に背いて共存を選んだものです。
主はそれを直接の介入で絶つことをせずに、イスラエルを試みるために「残しておかれた」わけです。

このように誘惑や罪は私たち人間に非がありますが、主がそれさえも主権のもとに置かれるのです。
人間が「神によって誘惑された、苦しめられた」などと言ってはならないのはそのためです。

なぜイスラエルは異教の民と同化したのでしょうか。
それはかつて、先祖のヤコブやユダがそうであったように、安全と打算のゆえです。
主により頼み期待するよりも、人間に求め、さらには信仰までも歪めてしまったのです。
次第に霊的に無感覚になってしまい、「バアルやアシェラに仕え」(7)るようにさえなってしまいました。

イスラエルは他民族に助けられると思っていましたが、結局別の民族であるアラム・ナハライムの王によって攻められ、そして屈したのです。
異教は何の助けにはなりませんでした。

使徒行伝2:47には「民全体から好意を持たれていた」とありますが、それとはまったく違うものです。
初代教会のクリスチャンたちは福音宣教のためにしたのであって、打算からではありませんでした。
むしろ主のためなら命も財産もささげる覚悟ができていたのです。

主は常に私たちを「試みて」おられますが、それは怖いものではありません。
試みつつ、みことばによって教えてくださり、愛を持って正してくださるのです。
主との交わりがいかに大切かに気づかされます。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | バイブルメッセージ