本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇36:1-12です。
本文とメッセージはこちら
「悪しき者」(1)はなぜ悪事を続けられるのかといえば、それは「自分を偽」(2)っているからです。
咎を見つけてはそれを憎むことで、自分を正当化していますがそれで満足して、それ以上は変わりません。
悔い改めることだけではなく、その実を結ぶことが必要なのです。
悪者の言動との対比では、主への賛美が述べられています。
主のすばらしさを知るものが善を知ってそれを行い、悪者への対抗力となり得るのです。
さらには「いのちの泉」(9)は主にあるということを知っていますから、主のもとに行って豊かな人生を過ごすことができます。
主の素晴らしさを賛美し、主のくださるいのちを喜び楽しみましょう。
祝福を祈ります。
2022年11月30日
2022年11月29日
2022/11/29早天メッセージ
本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇35:19-28です。
本文とメッセージはこちら
「あはは この目で見たぞ」(21)、「あはは われわれの望みどおりだ」(25)、「われわれは彼を呑み込んだ」(25)とは、非常にリアリティーのある表現です。
きっと詩人の心と耳に焼きついて消えない、心の傷になっていることばなのでしょう。
私たちもそのような、人のことばや行いが心に残り傷となっているものがあるでしょう。
それを抱えたままでは、主の祝福の健全な道を歩むのが難しいのです。
ですからこの詩人のように、そこに主のみわざをいただきましょう。
自分の心のとげとなっているものを、主の前に認めて告白し、主の愛と全能の力で癒していただきましょう。
「主は大いなるかな。ご自分のしもべの平和を喜ばれる方は」(27)と彼らにいつも言わせるほどの、人間関係の勝利をいただきましょう。
祝福を祈ります。
本文とメッセージはこちら
「あはは この目で見たぞ」(21)、「あはは われわれの望みどおりだ」(25)、「われわれは彼を呑み込んだ」(25)とは、非常にリアリティーのある表現です。
きっと詩人の心と耳に焼きついて消えない、心の傷になっていることばなのでしょう。
私たちもそのような、人のことばや行いが心に残り傷となっているものがあるでしょう。
それを抱えたままでは、主の祝福の健全な道を歩むのが難しいのです。
ですからこの詩人のように、そこに主のみわざをいただきましょう。
自分の心のとげとなっているものを、主の前に認めて告白し、主の愛と全能の力で癒していただきましょう。
「主は大いなるかな。ご自分のしもべの平和を喜ばれる方は」(27)と彼らにいつも言わせるほどの、人間関係の勝利をいただきましょう。
祝福を祈ります。
2022年11月28日
2022/11/28早天メッセージ
本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇35:1-18です。
本文とメッセージはこちら
敵に対して、「主よ。…戦ってください。」(1)と願っています。
人生にはどうしても敵に勝たなければならないときもあるでしょう。
そのようなときには、自分で怒りにまかせて相手を打ち負かすのではなく、主に戦っていただく必要があります。
またどうしても自分の怒りが収まらないとき、または相手が邪悪で赦しがたいとき、主にその怒りをぶつけることです。
主は私たちの心を癒し、正しい方向へと導いてくださいます。
決して怒りにまかせてしまわないことです。
また怒りを押し殺して心を病むようにならないことです。
主は勝ち負けではなく、もっと大きな視点を示して、私たちを怒りと敗北の中から、引き上げてくださいます。
祝福を祈ります。
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敵に対して、「主よ。…戦ってください。」(1)と願っています。
人生にはどうしても敵に勝たなければならないときもあるでしょう。
そのようなときには、自分で怒りにまかせて相手を打ち負かすのではなく、主に戦っていただく必要があります。
またどうしても自分の怒りが収まらないとき、または相手が邪悪で赦しがたいとき、主にその怒りをぶつけることです。
主は私たちの心を癒し、正しい方向へと導いてくださいます。
決して怒りにまかせてしまわないことです。
また怒りを押し殺して心を病むようにならないことです。
主は勝ち負けではなく、もっと大きな視点を示して、私たちを怒りと敗北の中から、引き上げてくださいます。
祝福を祈ります。
2022年11月27日
2022/11/27主日礼拝
11月27日の放送です。
下記をクリックすると、YouTubeで再生開始されます。
2022年11月27日NGC SundayCelebration (YouTube)
また、下記をクリックすると、Windows Media Playerで再生開始されます。
2022年11月27日NGC SundayCelebration (WMP)
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2022年11月27日NGC SundayCelebration (RAM)
出席票の記入にご協力をお願いします。
------------------------------------------------------------
前奏
賛美「喜びたたえよ」
「御名を掲げて」
招詞
礼拝祈祷
お知らせと報告など
賛美「天国にあるもの」
「どんな時でも」
「レプタ2枚」
司会
使徒信条
主の祈り
祈祷
聖書 詩篇35篇1〜6節
メッセージ「本当にいやされるために」
祈り・応答
賛美「主イエスこそはわが隠れ場」(献金)
頌栄「父・御子・御霊の」新聖歌63番
祝祷
後奏
------------------------------------------------------------
司会:山本真一兄
説教:岡本伸之牧師
Praise & Worship
WL:岡本牧師
Cho:Miyuki
Key:Miyuki
Dr:Shintaro
PA:DJshuntaro
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2022年11月27日NGC SundayCelebration (YouTube)
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前奏
賛美「喜びたたえよ」
「御名を掲げて」
招詞
礼拝祈祷
お知らせと報告など
賛美「天国にあるもの」
「どんな時でも」
「レプタ2枚」
司会
使徒信条
主の祈り
祈祷
聖書 詩篇35篇1〜6節
メッセージ「本当にいやされるために」
祈り・応答
賛美「主イエスこそはわが隠れ場」(献金)
頌栄「父・御子・御霊の」新聖歌63番
祝祷
後奏
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司会:山本真一兄
説教:岡本伸之牧師
Praise & Worship
WL:岡本牧師
Cho:Miyuki
Key:Miyuki
Dr:Shintaro
PA:DJshuntaro
2022/11/27早天メッセージ
本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇34:11-22です。
本文とメッセージはこちら
ダビデは神に失望したくなるような出来事が多くありましたが、どこまでも神を信頼し続けました。
その結果、王となり、その国は繁栄しました。
「子たちよ」(11)とありますから、これは彼の本心からの教えであり、ぜひとも知らせておきたいことなのだと思われます。
それは「主の目は正しい人たちの上にあり 主の耳は彼らの叫びに傾けられる。」(15)ということです。
これは彼の信仰の経験から来る確証です。
彼はちょっと頼って、失望すればやめてしまうというような、いい加減な信仰ではありませんでした。
主の前に正しくありたいと思えば、自分の命をねらうサウル王にでさえ忠誠を誓ったのです。
「正しい者の悩みは多い」というのが彼の実感でしょう。
それはまた、悩みが多いのは自分の正しさから来ているのだという、自負もあったと思われます。
またそれは喜びでもありました。
主の御心を行う人生は簡単ではありません。
しかしそれは勝利への道であり、祝福の条件です。
またそれは主を愛する者の喜びでもあります。
祝福を祈ります。
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ダビデは神に失望したくなるような出来事が多くありましたが、どこまでも神を信頼し続けました。
その結果、王となり、その国は繁栄しました。
「子たちよ」(11)とありますから、これは彼の本心からの教えであり、ぜひとも知らせておきたいことなのだと思われます。
それは「主の目は正しい人たちの上にあり 主の耳は彼らの叫びに傾けられる。」(15)ということです。
これは彼の信仰の経験から来る確証です。
彼はちょっと頼って、失望すればやめてしまうというような、いい加減な信仰ではありませんでした。
主の前に正しくありたいと思えば、自分の命をねらうサウル王にでさえ忠誠を誓ったのです。
「正しい者の悩みは多い」というのが彼の実感でしょう。
それはまた、悩みが多いのは自分の正しさから来ているのだという、自負もあったと思われます。
またそれは喜びでもありました。
主の御心を行う人生は簡単ではありません。
しかしそれは勝利への道であり、祝福の条件です。
またそれは主を愛する者の喜びでもあります。
祝福を祈ります。
2022年11月26日
2022/11/26早天メッセージ
本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇34:1-10です。
本文とメッセージはこちら
ダビデは自分を守るために、気が違ったかのようにふるまわなければなりませんでした。
不安と恐怖、そして屈辱の中にいたのです。
それでも彼は「あらゆるときに 主をほめたたえる」(1)と、信仰の宣言をしています。
それは彼が今だけの境遇に気持ちが反応して、不平不満を言うのではなく、これまでの主のみわざを思っているからです。
つまり「主のいつくしみ深い方であることを」「味わい 見つめ」(8)ているのです。
私たちは日常生活の中で、主を深く思うときが大切です。
時間をかけるのを惜しんで、主との関係も簡単にすませてしまうのが、効率のよい生き方ではありません。
時間の有効利用ではありません。
むしろ主の素晴らしさを味わうことで、感情や考えの堂々巡りから脱却できるのです。
またこの世のアプローチではどんなに時間をかけてもかなわない、主の真理に到達できるのです。
何よりも、私たちに本当に必要な、主自身の愛をいただくことができるのです。
祝福を祈ります。
本文とメッセージはこちら
ダビデは自分を守るために、気が違ったかのようにふるまわなければなりませんでした。
不安と恐怖、そして屈辱の中にいたのです。
それでも彼は「あらゆるときに 主をほめたたえる」(1)と、信仰の宣言をしています。
それは彼が今だけの境遇に気持ちが反応して、不平不満を言うのではなく、これまでの主のみわざを思っているからです。
つまり「主のいつくしみ深い方であることを」「味わい 見つめ」(8)ているのです。
私たちは日常生活の中で、主を深く思うときが大切です。
時間をかけるのを惜しんで、主との関係も簡単にすませてしまうのが、効率のよい生き方ではありません。
時間の有効利用ではありません。
むしろ主の素晴らしさを味わうことで、感情や考えの堂々巡りから脱却できるのです。
またこの世のアプローチではどんなに時間をかけてもかなわない、主の真理に到達できるのです。
何よりも、私たちに本当に必要な、主自身の愛をいただくことができるのです。
祝福を祈ります。
2022年11月25日
2022/11/25早天メッセージ
本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇33:1-22です。
本文とメッセージはこちら
「正しい者」(1)は、主に対して恐怖心をいだく必要がありません。
「主を喜び歌」(1)うことができるのです。
天を造られた偉大なる主の権威によって「正しい者」は守られ「愛される」(5)からです。
ただし、ダビデはこの前の歌で「罪をおおわれた」(32:1)者の幸いを歌っています。
つまり正しい者とは全く罪を犯したことのなり天使ではなく、罪を認めて告白し、主に罪を赦された者ということができるでしょう。
私たちはここに歌われている、主からの安心をどんなときも持つことができるのですが、それは悔い改める謙遜さを大前提としたものです。
祝福を祈ります。
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「正しい者」(1)は、主に対して恐怖心をいだく必要がありません。
「主を喜び歌」(1)うことができるのです。
天を造られた偉大なる主の権威によって「正しい者」は守られ「愛される」(5)からです。
ただし、ダビデはこの前の歌で「罪をおおわれた」(32:1)者の幸いを歌っています。
つまり正しい者とは全く罪を犯したことのなり天使ではなく、罪を認めて告白し、主に罪を赦された者ということができるでしょう。
私たちはここに歌われている、主からの安心をどんなときも持つことができるのですが、それは悔い改める謙遜さを大前提としたものです。
祝福を祈ります。
2022年11月24日
2022/11/24早天メッセージ
本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇32:1-11です。
本文とメッセージはこちら
ダビデは国王であり、すべてが自分の権力で思うままにできた人でした。
しかし、主の前には罪は罪としてさばかれなければならないことを知っていたのです。
そこに彼の王国の繁栄がありました。
支配者が主なる神を畏れていたからです。
そこで彼は告白したのは、罪を犯したことのない人が幸いであるというのではなく、「罪をおおわれた人」(1)が幸いだというのです。
人は神の愛を感じるときは、自分は正しいというときではなく、こんな自分を赦してくださったというと感謝するときです。
しかも私たちを赦してくださった主は、そのためにあの恐ろしい十字架にまでかかってくださったのです。
ですから、私たちは自分がどんな状態でも主に依り頼むことができるのです。
「主に信頼する者は 恵みがその人を囲んでいる。」(10)とある、そのことが実現するのです。
祝福を祈ります。
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ダビデは国王であり、すべてが自分の権力で思うままにできた人でした。
しかし、主の前には罪は罪としてさばかれなければならないことを知っていたのです。
そこに彼の王国の繁栄がありました。
支配者が主なる神を畏れていたからです。
そこで彼は告白したのは、罪を犯したことのない人が幸いであるというのではなく、「罪をおおわれた人」(1)が幸いだというのです。
人は神の愛を感じるときは、自分は正しいというときではなく、こんな自分を赦してくださったというと感謝するときです。
しかも私たちを赦してくださった主は、そのためにあの恐ろしい十字架にまでかかってくださったのです。
ですから、私たちは自分がどんな状態でも主に依り頼むことができるのです。
「主に信頼する者は 恵みがその人を囲んでいる。」(10)とある、そのことが実現するのです。
祝福を祈ります。
2022年11月23日
2022/11/23早天メッセージ
本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、創世記50:15-26です。
本文とメッセージはこちら
ヨセフの兄たちは、またも自分たちのかつての罪から仕返しを恐れ、画策しました。
それは言ってもいない父ヤコブのことばを持って、ヨセフに取り入ったことです。
「ヨセフは...泣いた。」(17)とあります。
彼はもう赦すと何度も言っていたはずなのに、自分との信頼関係がないことを嘆き、また兄たちの卑屈さを嘆いたものと思われます。
ここには赦しと不安の原型ともいうべき姿があります。
人間は赦されても、なお自分を守るために不安を抱えて生きるものなのです。
それはイエス様の十字架によって赦された私たちも同じかもしれません。
何か問題が生じるたびに、赦されていないかもと十字架の愛を疑うようなことのないようにしましょう。
祝福を祈ります。
本文とメッセージはこちら
ヨセフの兄たちは、またも自分たちのかつての罪から仕返しを恐れ、画策しました。
それは言ってもいない父ヤコブのことばを持って、ヨセフに取り入ったことです。
「ヨセフは...泣いた。」(17)とあります。
彼はもう赦すと何度も言っていたはずなのに、自分との信頼関係がないことを嘆き、また兄たちの卑屈さを嘆いたものと思われます。
ここには赦しと不安の原型ともいうべき姿があります。
人間は赦されても、なお自分を守るために不安を抱えて生きるものなのです。
それはイエス様の十字架によって赦された私たちも同じかもしれません。
何か問題が生じるたびに、赦されていないかもと十字架の愛を疑うようなことのないようにしましょう。
祝福を祈ります。
2022年11月22日
2022/11/22早天メッセージ
本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、創世記50:1-14です。
本文とメッセージはこちら
ヨセフが父ヤコブをカナンの地に葬ったのは、やがて一族がその地に帰るからです。
そこは神様が後に子孫であるイスラエル民族に与えた、約束の地です。
ヤコブも、息子ヨセフもこの後に何があるかは分かりませんが、神様のご命令に従順、忠実に従いました。
そこには自分自身の判断の余地はありません。
またもしも神様から後の新約の神学的真理を説明されても合点がいかなかったでしょう。
私たちは、自分の理解を超える神様の真理の前に、従順に従う必要もあるのです。
エジプトからカナンは遠く離れていて、そのプロジェクトは大変なものでしたが、ヨセフはただただ父の信仰、そこに表された主のみ旨に従いました。
私たちも見習いましょう。
祝福を祈ります。
本文とメッセージはこちら
ヨセフが父ヤコブをカナンの地に葬ったのは、やがて一族がその地に帰るからです。
そこは神様が後に子孫であるイスラエル民族に与えた、約束の地です。
ヤコブも、息子ヨセフもこの後に何があるかは分かりませんが、神様のご命令に従順、忠実に従いました。
そこには自分自身の判断の余地はありません。
またもしも神様から後の新約の神学的真理を説明されても合点がいかなかったでしょう。
私たちは、自分の理解を超える神様の真理の前に、従順に従う必要もあるのです。
エジプトからカナンは遠く離れていて、そのプロジェクトは大変なものでしたが、ヨセフはただただ父の信仰、そこに表された主のみ旨に従いました。
私たちも見習いましょう。
祝福を祈ります。
2022年11月21日
2022/11/21早天メッセージ
本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、創世記49:22-33です。
本文とメッセージはこちら
やはりヤコブのヨセフに対する愛情は特別なようです。
死んだと思ったのに再会でき、兄たちを赦すだけでなく、自分たち家族をききんから救ったのですから、それは当然でしょう。
主は父ヤコブのそのような思いを用いられて、特別な預言を与えました。
すなわちキリストを表す預言です。
ここには激しく攻められるられること、全能者によって助けられること、永遠の祝福に至ることが表されています。
まさに十字架の責め、主による復活の勝利、永遠の栄光を思わせるものです。
ユダ族のように、系図という目に見えるものから王がそして救い主が誕生することもすばらしいことです。
しかしヨセフのように、苦難を通ってもその信仰によって、救い主を自らが表すようになることはもっとすばらしいことです。
ヤコブは先祖たちをともに葬られることを願いました。
かつてはリベカばかりを愛していましたが、今はそれだけでなくレアも含めて先祖たちとともに葬られたい、すなわち自分が生きた証しとして神に導かれたことを明らかにしたいのです。
自分の人生を通して最終的に何を遺したいのか…それを考える必要があります。
それが明確であることと現在を意義ある毎日にすることとは、一体です。
祝福を祈ります。
本文とメッセージはこちら
やはりヤコブのヨセフに対する愛情は特別なようです。
死んだと思ったのに再会でき、兄たちを赦すだけでなく、自分たち家族をききんから救ったのですから、それは当然でしょう。
主は父ヤコブのそのような思いを用いられて、特別な預言を与えました。
すなわちキリストを表す預言です。
ここには激しく攻められるられること、全能者によって助けられること、永遠の祝福に至ることが表されています。
まさに十字架の責め、主による復活の勝利、永遠の栄光を思わせるものです。
ユダ族のように、系図という目に見えるものから王がそして救い主が誕生することもすばらしいことです。
しかしヨセフのように、苦難を通ってもその信仰によって、救い主を自らが表すようになることはもっとすばらしいことです。
ヤコブは先祖たちをともに葬られることを願いました。
かつてはリベカばかりを愛していましたが、今はそれだけでなくレアも含めて先祖たちとともに葬られたい、すなわち自分が生きた証しとして神に導かれたことを明らかにしたいのです。
自分の人生を通して最終的に何を遺したいのか…それを考える必要があります。
それが明確であることと現在を意義ある毎日にすることとは、一体です。
祝福を祈ります。
2022年11月20日
2022/11/20主日礼拝
11月20日の放送です。
下記をクリックすると、YouTubeで再生開始されます。
2022年11月20日NGC SundayCelebration (YouTube)
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2022年11月20日NGC SundayCelebration (RAM)
出席票の記入にご協力をお願いします。
------------------------------------------------------------
前奏
賛美「来れ、ひれ伏そう」
招詞
礼拝祈祷
賛美「さあ賛美しよう」
「われらの主に向かって」
お知らせと報告など
音楽「主はわれらの太陽」
賛美「イエスが愛したように」
司会
使徒信条
主の祈り
祈祷
聖書 詩篇32篇1〜11節
メッセージ「正しいものの喜び・楽しみ」
祈り・応答
賛美「感謝と喜びを」(献金)
頌栄「父・御子・御霊の」新聖歌63番
祝祷
後奏
------------------------------------------------------------
司会:竹内清兄
説教:岡本伸之牧師
音楽:横井あつ子姉・加藤里美姉
Praise & Worship
WL:岡本節子副牧師
Cho:Yoshika & Miyuki
Key:Miyuki
Dr:岡本伸之牧師
PA:Ai
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2022年11月20日NGC SundayCelebration (YouTube)
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前奏
賛美「来れ、ひれ伏そう」
招詞
礼拝祈祷
賛美「さあ賛美しよう」
「われらの主に向かって」
お知らせと報告など
音楽「主はわれらの太陽」
賛美「イエスが愛したように」
司会
使徒信条
主の祈り
祈祷
聖書 詩篇32篇1〜11節
メッセージ「正しいものの喜び・楽しみ」
祈り・応答
賛美「感謝と喜びを」(献金)
頌栄「父・御子・御霊の」新聖歌63番
祝祷
後奏
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司会:竹内清兄
説教:岡本伸之牧師
音楽:横井あつ子姉・加藤里美姉
Praise & Worship
WL:岡本節子副牧師
Cho:Yoshika & Miyuki
Key:Miyuki
Dr:岡本伸之牧師
PA:Ai
2022年11月19日
2022/11/19早天メッセージ
本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、創世記49:1-7です。
本文とメッセージはこちら
終わりの日とは、終末というよりも後の時代という意味です。
ルベンの子孫であるルベン族は、イスラエルに与えられた約束の地カナンに入る際には、みなと共にヨルダン川を渡らずに、東側に定住しました。
そしてその後に滅びてしまったものと思われます。
またルベン族からは士師、王、預言者などは生まれませんでした。
そのような呪いは、ルベンが父のそばめと寝て寝床を汚したことに起因しています。
それについてヤコブは告発しています。
先祖の罪の性質はその子孫にまで影響することを考える必要があります。
水のように捉えどころのない奔放さは、後のルベン族の自分勝手な定住にも関係しているのかもしれません。
またこれは神様の一方的なご計画ととることもできます。
後にルベン族を減少させた神様ではありますが、それには深い摂理があったと考えられます。
ただ、それでも不公平だとも感じるかも知れません。
しかし私たち人間には、ルベンのような罪があるので、それを思えば神様が不当だと非難することはできないのです。
ヤコブの呪いは、人間の罪ゆえの結果と取ることもできますし、また神様のご計画とも取ることもできます。
その両方が正しいのではないでしょうか。
シメオンとレビもまた、妹ビルハの復讐のために多くの人を殺した、その罪を訴えられ、また呪われています。
シメオン族もまた衰退し、ユダ族に吸収されてしまったようです。
私たちは生まれつきのままでは、このルベンなどのように、罪ゆえに呪われたものです。
しかし十字架のイエス様とともに死に、またともに生きることによって新しくされたのです。
今は呪いの中にはないことを感謝しましょう。
そして、新しい生き方、すなわち罪によってではなく、御心によって生きましょう。
祝福を祈ります。
本文とメッセージはこちら
終わりの日とは、終末というよりも後の時代という意味です。
ルベンの子孫であるルベン族は、イスラエルに与えられた約束の地カナンに入る際には、みなと共にヨルダン川を渡らずに、東側に定住しました。
そしてその後に滅びてしまったものと思われます。
またルベン族からは士師、王、預言者などは生まれませんでした。
そのような呪いは、ルベンが父のそばめと寝て寝床を汚したことに起因しています。
それについてヤコブは告発しています。
先祖の罪の性質はその子孫にまで影響することを考える必要があります。
水のように捉えどころのない奔放さは、後のルベン族の自分勝手な定住にも関係しているのかもしれません。
またこれは神様の一方的なご計画ととることもできます。
後にルベン族を減少させた神様ではありますが、それには深い摂理があったと考えられます。
ただ、それでも不公平だとも感じるかも知れません。
しかし私たち人間には、ルベンのような罪があるので、それを思えば神様が不当だと非難することはできないのです。
ヤコブの呪いは、人間の罪ゆえの結果と取ることもできますし、また神様のご計画とも取ることもできます。
その両方が正しいのではないでしょうか。
シメオンとレビもまた、妹ビルハの復讐のために多くの人を殺した、その罪を訴えられ、また呪われています。
シメオン族もまた衰退し、ユダ族に吸収されてしまったようです。
私たちは生まれつきのままでは、このルベンなどのように、罪ゆえに呪われたものです。
しかし十字架のイエス様とともに死に、またともに生きることによって新しくされたのです。
今は呪いの中にはないことを感謝しましょう。
そして、新しい生き方、すなわち罪によってではなく、御心によって生きましょう。
祝福を祈ります。
2022年11月18日
2022/11/18早天メッセージ
本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、創世記48:12-22です。
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ヨセフは父からの偏愛を受け、それがもとで兄たちから憎まれて奴隷として売られ、辛苦をなめる人生を送らねばなりませんでした。
そのような経験のある人の中には、兄たちだけでなく、自分をそのように育てた父にも恨みを抱くケースが少なくありません。
神様がそのような過去を恵みに変えてくださったことは言うまでもありません。
しかし、どれほど主の大逆転があろうとも、恨みの思いを消せない人もいるのです。
ヨセフは過去を主の恵みによって変えていただくことができました。
そこには兄弟たちに明言したように、「神が私を先にエジプトに遣わした」という信仰と、赦しを宣言した告白があったのです。
恨みによって考えたり行動したりしなかったのです。
私たちは主の恵みによって生きるという信仰を決断する必要がありますが、その決断をしたならば、いつまでも過去に囚われることは人生の損失です。
ヨハネはわだかまりを持たずに、父の霊的権威をも認めて、父からの祝福を受けようとしています。
それによって自分と子どもたちが大いに祝福されたのです。
またイスラエル(ヤコブ)は、次男であるエフライムを長子として祝福しました。
その根拠はわかりませんが、事実そのようにエフライムはマナセよりも大きな部族になりました。
神様の一方的な選びを証しするものとして、ヤコブの祝福が用いられたわけです。
そのような選び(賜物や使命も含めて)に関しては、クリスチャン同士でもうらやましがったり、不平を言ったりしやすいものです。
しかしエフライムもマナセも共に祝福されたのですから、そのことを忘れないようにしましょう。
もしも競争心や不満を持つなら、そこから祝福は漏れてしまうことを覚えましょう。
祝福を祈ります。
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ヨセフは父からの偏愛を受け、それがもとで兄たちから憎まれて奴隷として売られ、辛苦をなめる人生を送らねばなりませんでした。
そのような経験のある人の中には、兄たちだけでなく、自分をそのように育てた父にも恨みを抱くケースが少なくありません。
神様がそのような過去を恵みに変えてくださったことは言うまでもありません。
しかし、どれほど主の大逆転があろうとも、恨みの思いを消せない人もいるのです。
ヨセフは過去を主の恵みによって変えていただくことができました。
そこには兄弟たちに明言したように、「神が私を先にエジプトに遣わした」という信仰と、赦しを宣言した告白があったのです。
恨みによって考えたり行動したりしなかったのです。
私たちは主の恵みによって生きるという信仰を決断する必要がありますが、その決断をしたならば、いつまでも過去に囚われることは人生の損失です。
ヨハネはわだかまりを持たずに、父の霊的権威をも認めて、父からの祝福を受けようとしています。
それによって自分と子どもたちが大いに祝福されたのです。
またイスラエル(ヤコブ)は、次男であるエフライムを長子として祝福しました。
その根拠はわかりませんが、事実そのようにエフライムはマナセよりも大きな部族になりました。
神様の一方的な選びを証しするものとして、ヤコブの祝福が用いられたわけです。
そのような選び(賜物や使命も含めて)に関しては、クリスチャン同士でもうらやましがったり、不平を言ったりしやすいものです。
しかしエフライムもマナセも共に祝福されたのですから、そのことを忘れないようにしましょう。
もしも競争心や不満を持つなら、そこから祝福は漏れてしまうことを覚えましょう。
祝福を祈ります。
2022年11月17日
2022/11/17早天メッセージ
本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、創世記48:1-11です。
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どんなに立派な信仰生涯を送った人でも、この世で信仰が完成し、神の約束がすべて成就するということはありません。
当然ですが、誰もが永遠の神の国に旅立ち、子孫をこの世に残し、神の約束の成就を次世代に委ねなければならないのです。
ですから、私たちは謙遜に神に委ねなければなりませんし、次世代を育てて委ねなければなりません。
それは死だけではありません。
老いやまた立場と働きの変化によって、次世代に委ねることもあります。
自分ひとりで完成するのではなく、常に他の人に委ねつつ、時には頼りつつ進んで行くのが、神様の働きの基本です。
ヤコブも地上で様々なことがありましたが、その波乱万丈の生涯を閉じるにあたって、全能の神の導きを証ししています。
私たちもその生涯について、明確に「このように神の導きに従った。私が遺すものは、神の御心だ」と明言できるでしょうか。
また今、そのように生きているでしょうか。
またヤコブはヨセフの失われた半生を回復するかのように、その子であるエフライムとマナセを自分の子として位置づけました。
神の祝福の計画が後々まで正しく進むためです。
ヤコブは人間的には欠点もある人でした。
また今は目も良く見えないという弱さを持っています。
しかし信仰においては、過去や弱さが妨げになることはありません。
今、生きて働いておられる神を信じて頼り従うことが重要なのです。
祝福を祈ります。
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どんなに立派な信仰生涯を送った人でも、この世で信仰が完成し、神の約束がすべて成就するということはありません。
当然ですが、誰もが永遠の神の国に旅立ち、子孫をこの世に残し、神の約束の成就を次世代に委ねなければならないのです。
ですから、私たちは謙遜に神に委ねなければなりませんし、次世代を育てて委ねなければなりません。
それは死だけではありません。
老いやまた立場と働きの変化によって、次世代に委ねることもあります。
自分ひとりで完成するのではなく、常に他の人に委ねつつ、時には頼りつつ進んで行くのが、神様の働きの基本です。
ヤコブも地上で様々なことがありましたが、その波乱万丈の生涯を閉じるにあたって、全能の神の導きを証ししています。
私たちもその生涯について、明確に「このように神の導きに従った。私が遺すものは、神の御心だ」と明言できるでしょうか。
また今、そのように生きているでしょうか。
またヤコブはヨセフの失われた半生を回復するかのように、その子であるエフライムとマナセを自分の子として位置づけました。
神の祝福の計画が後々まで正しく進むためです。
ヤコブは人間的には欠点もある人でした。
また今は目も良く見えないという弱さを持っています。
しかし信仰においては、過去や弱さが妨げになることはありません。
今、生きて働いておられる神を信じて頼り従うことが重要なのです。
祝福を祈ります。
2022年11月16日
2022/11/16早天メッセージ
本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、創世記47:23-31です。
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民がヨセフに感謝していることがわかります。
ヨセフは、民のためにも、ファラオのためにも、長期的な視点で安定と繁栄がもたらされるように指導して、その責務を果たしています。
その根底は何よりも、平和と慈しみの神の御心です。
ですからヨセフは自分の権力増大のためには何もしてはいません。
私たち信仰者にもこの世での責務が与えられています。
多くの人々は神を無視しながら生きていますから、そのような価値観とは一線を画すことにはなりますが、しかしヨセフのように神の正しさと愛を表すために、世で力を持つことも大切なのです。
それは主の愛を表すためです。
残念ながら、この後エジプトはヨセフからの恩恵を忘れて、イスラエルを迫害します。
しかしヨセフやイスラエルの善行は無駄ではなく、後に助産婦や王妃の助けなどにもつながったと言えるでしょう。
世にあって責務を誠実に果たすこと…。
それは伝道にもつながりますし、神の計画にも役立つことができるのです。
ヤコブは死期が近いことを悟り、人生のまとめをしようと思ったのでしょう。
その人生が主に導かれたものであったことを子孫に伝えようと、信仰の地に葬られることを願いました。
「自分の人生がどのように人に伝わるか」を考えることも重要です。
また「孫や子に、信仰をどのようにし残すのか」ということも、考えるべきでしょう。
それが愛する子どもや孫への、最も大切な愛です。
祝福を祈ります。
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民がヨセフに感謝していることがわかります。
ヨセフは、民のためにも、ファラオのためにも、長期的な視点で安定と繁栄がもたらされるように指導して、その責務を果たしています。
その根底は何よりも、平和と慈しみの神の御心です。
ですからヨセフは自分の権力増大のためには何もしてはいません。
私たち信仰者にもこの世での責務が与えられています。
多くの人々は神を無視しながら生きていますから、そのような価値観とは一線を画すことにはなりますが、しかしヨセフのように神の正しさと愛を表すために、世で力を持つことも大切なのです。
それは主の愛を表すためです。
残念ながら、この後エジプトはヨセフからの恩恵を忘れて、イスラエルを迫害します。
しかしヨセフやイスラエルの善行は無駄ではなく、後に助産婦や王妃の助けなどにもつながったと言えるでしょう。
世にあって責務を誠実に果たすこと…。
それは伝道にもつながりますし、神の計画にも役立つことができるのです。
ヤコブは死期が近いことを悟り、人生のまとめをしようと思ったのでしょう。
その人生が主に導かれたものであったことを子孫に伝えようと、信仰の地に葬られることを願いました。
「自分の人生がどのように人に伝わるか」を考えることも重要です。
また「孫や子に、信仰をどのようにし残すのか」ということも、考えるべきでしょう。
それが愛する子どもや孫への、最も大切な愛です。
祝福を祈ります。
2022年11月15日
2022/11/15早天メッセージ
本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、創世記47:13-22です。
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ヨセフはききんに乗じて民衆から搾取したのではなく、善政をしいたのです。
古代では王が武力によって強制的に民衆から税などを取り立てるのですが、ヨセフは商取引によって平和的にその関係を築きました。
また税は当時ですと収穫の5割も当たり前でしたが、2割というのは少ない割合で、民衆の生活を考えてのことでした。
そしてそれによって国を安定させて、民の幸福を図ったのです。
そのような他国との違いは、やはりヨセフの信じる神への信仰から来るものです。
神は正しい方であり、ヨセフと家族を助けた慈しみ深いお方です。
クリスチャンである私たちも、自分に与えられた権限や能力によって神様を表すような働きをしましょう。
またヨセフの信仰は当然、神様の人格を表しています。
私たちはファラオにではなく、神様にささげるのですが、それは搾取などいうものではなく、主への信頼の証しです。
この世のあらゆる善政よりもはるかに優る主の支配を信頼し、従いましょう。
祝福を祈ります。
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ヨセフはききんに乗じて民衆から搾取したのではなく、善政をしいたのです。
古代では王が武力によって強制的に民衆から税などを取り立てるのですが、ヨセフは商取引によって平和的にその関係を築きました。
また税は当時ですと収穫の5割も当たり前でしたが、2割というのは少ない割合で、民衆の生活を考えてのことでした。
そしてそれによって国を安定させて、民の幸福を図ったのです。
そのような他国との違いは、やはりヨセフの信じる神への信仰から来るものです。
神は正しい方であり、ヨセフと家族を助けた慈しみ深いお方です。
クリスチャンである私たちも、自分に与えられた権限や能力によって神様を表すような働きをしましょう。
またヨセフの信仰は当然、神様の人格を表しています。
私たちはファラオにではなく、神様にささげるのですが、それは搾取などいうものではなく、主への信頼の証しです。
この世のあらゆる善政よりもはるかに優る主の支配を信頼し、従いましょう。
祝福を祈ります。
2022年11月14日
2022/11/14早天メッセージ
本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、創世記47:1-12です。
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神を信じる人々と、信じないで無視または争って生きる人々とでは、当然相容れないことが生じます。
信じない人々からすれば、人間中心の視点しかありませんから、当然信仰者を融通のきかない人間と思うでしょう。
互いにストレスや争いが生まれます。
ヤコブ一族がエジプトの中心から離れて暮らすことは、そのような点で示唆を与えてくれます。
私たちもやはりどこか、不信者とは一線を画す必要があるのです。
それは住む場所というような見える部分だけではなく、人生の目的や使命、または倫理観や人類愛というようなことかもしれませんし、何よりも主のみこころを第一にするという生き方です。
エジプト人は進んだ農耕民族で、それゆえ遊牧民をさげすみ、さらには忌みきらうようになっていましたが、それさえも信仰のために用いられました。
それゆえ異教の地から離れて暮らすことが容易になったのからです。
人は低く見られたり評価が足りないと、憤慨したり画策しやすいものですが、気にする必要はありません。
主がすべてご存知ですし、それを用いて恵みに変えてくださることもあるのですから。
兄たちが弟ヨセフを奴隷に売るなどという罪があり、奴隷でありしかも冤罪で入獄するという絶望があり、生きて行けないききんがあるというように、人間には様々なマイナスの出来事がありますが、神様はご自身の計画と愛のゆえに、それらを驚くべき恵みに変えてくださいます。
ゴシェンは王の家畜が飼われるほど、牧畜に適したところで、そこで平安のうちに暮らすことができるようになりました。
そしてそこでエジプトのために王の家畜の係長として責務を果たすことにもなるのです。
信仰者は主の恵みによって生き、社会のために貢献しながら、よき証し人として生きましょう。
祝福を祈ります。
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神を信じる人々と、信じないで無視または争って生きる人々とでは、当然相容れないことが生じます。
信じない人々からすれば、人間中心の視点しかありませんから、当然信仰者を融通のきかない人間と思うでしょう。
互いにストレスや争いが生まれます。
ヤコブ一族がエジプトの中心から離れて暮らすことは、そのような点で示唆を与えてくれます。
私たちもやはりどこか、不信者とは一線を画す必要があるのです。
それは住む場所というような見える部分だけではなく、人生の目的や使命、または倫理観や人類愛というようなことかもしれませんし、何よりも主のみこころを第一にするという生き方です。
エジプト人は進んだ農耕民族で、それゆえ遊牧民をさげすみ、さらには忌みきらうようになっていましたが、それさえも信仰のために用いられました。
それゆえ異教の地から離れて暮らすことが容易になったのからです。
人は低く見られたり評価が足りないと、憤慨したり画策しやすいものですが、気にする必要はありません。
主がすべてご存知ですし、それを用いて恵みに変えてくださることもあるのですから。
兄たちが弟ヨセフを奴隷に売るなどという罪があり、奴隷でありしかも冤罪で入獄するという絶望があり、生きて行けないききんがあるというように、人間には様々なマイナスの出来事がありますが、神様はご自身の計画と愛のゆえに、それらを驚くべき恵みに変えてくださいます。
ゴシェンは王の家畜が飼われるほど、牧畜に適したところで、そこで平安のうちに暮らすことができるようになりました。
そしてそこでエジプトのために王の家畜の係長として責務を果たすことにもなるのです。
信仰者は主の恵みによって生き、社会のために貢献しながら、よき証し人として生きましょう。
祝福を祈ります。
2022年11月13日
2022/11/13主日礼拝
11月13日の放送です。
下記をクリックすると、YouTubeで再生開始されます。
2022年11月13日NGC SundayCelebration (YouTube)
また、下記をクリックすると、Windows Media Playerで再生開始されます。
2022年11月13日NGC SundayCelebration (WMP)
また、下記をクリックすると、Real Playerで再生開始されます。
2022年11月13日NGC SundayCelebration (RAM)
出席票の記入にご協力をお願いします。
------------------------------------------------------------
前奏
招詞
賛美「パワーオブユアラブ」
「レプタ2枚」
礼拝祈祷
賛美「栄光の王」
お知らせと報告など
次世代祝福式
式辞・祈祷
賛美「昔から」
子どもたちの紹介
賛美「偉大な主」
「丘に立てる荒削りの」新聖歌108番
司会
使徒信条
主の祈り
祈祷
聖書 創世記45章5〜8節
メッセージ「過去をも変える神」
祈り・応答
賛美「パワーオブユアラブ」(献金)
頌栄「父・御子・御霊の」新聖歌63番
祝祷
後奏
------------------------------------------------------------
司会:中川宏道兄
説教:岡本伸之牧師
Praise & Worship
WL:Yama
Cho:Setsuko
Key:Setsuko
PA:DJshuntaro
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2022年11月13日NGC SundayCelebration (YouTube)
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2022年11月13日NGC SundayCelebration (WMP)
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2022年11月13日NGC SundayCelebration (RAM)
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前奏
招詞
賛美「パワーオブユアラブ」
「レプタ2枚」
礼拝祈祷
賛美「栄光の王」
お知らせと報告など
次世代祝福式
式辞・祈祷
賛美「昔から」
子どもたちの紹介
賛美「偉大な主」
「丘に立てる荒削りの」新聖歌108番
司会
使徒信条
主の祈り
祈祷
聖書 創世記45章5〜8節
メッセージ「過去をも変える神」
祈り・応答
賛美「パワーオブユアラブ」(献金)
頌栄「父・御子・御霊の」新聖歌63番
祝祷
後奏
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司会:中川宏道兄
説教:岡本伸之牧師
Praise & Worship
WL:Yama
Cho:Setsuko
Key:Setsuko
PA:DJshuntaro
2022/11/13早天メッセージ
本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、創世記46:28-34です。
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ヤコブの一族は大きかったので、エジプトに入る前にヨセフの誘導をもらうためにゴシェンで待機したのかもしれませんし、またはゴシェンが住むのに良いということを発見したのかもしれません。
見知らぬ土地ではありましたが、主のご計画に従う者には、主は必ず良い場所を備えてくださるのです。
ヨセフは何度も泣きました。
涙も神様が備えてくださった、癒しのための恵みです。
時には主の前で心を許して、泣いて良いのです。
主の前では、または主の与えてくださった信頼できる共同体の中では、強さを装わずに、ありのままの自分を見せることも必要です。
そこに真実な交わりが始まり、主のみわざを体験することもあるのです。
エジプト人は早くから農耕をしており、周辺の遊牧民よりも進んだ民でしたし、彼らは周辺民族を見下げる傾向があったようです。
民族同士の偏見はどこの世界でも根強いものがあり、それは嫌悪感にさえ発展します。
ですからヤコブの一族は「忌みきらわれる」種類の民だったのです。
しかしヨセフは大臣という高い立場にありながらも、自分の地位を守ることに固執しないで、自分がその「忌みきらわれる」民出身であることを明らかにしました。
ヨセフは今自分があるのは神様のおかげと信じ、感謝していましたから、その神様が与えてくださった生い立ちや家族を肯定的に受け止めていたはずです。
主の与えてくださった自分の境遇を肯定しましょう。
感謝し、希望を見出しましょう。
またヨセフは、自分がヤコブの家族であるということはすなわちまことの神を信じる者であるという、信仰のアイデンティティーを持っていました。
ですから評判は下がるようなことがあっても、また仕事がやりづらくなるようなことがあても、「羊を飼う者」の出身であることを隠さなかったのです。
恐れて信仰を隠すよりも、神様からの助けをいただいて証しをする者となりたいものです。
祝福を祈ります。
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ヤコブの一族は大きかったので、エジプトに入る前にヨセフの誘導をもらうためにゴシェンで待機したのかもしれませんし、またはゴシェンが住むのに良いということを発見したのかもしれません。
見知らぬ土地ではありましたが、主のご計画に従う者には、主は必ず良い場所を備えてくださるのです。
ヨセフは何度も泣きました。
涙も神様が備えてくださった、癒しのための恵みです。
時には主の前で心を許して、泣いて良いのです。
主の前では、または主の与えてくださった信頼できる共同体の中では、強さを装わずに、ありのままの自分を見せることも必要です。
そこに真実な交わりが始まり、主のみわざを体験することもあるのです。
エジプト人は早くから農耕をしており、周辺の遊牧民よりも進んだ民でしたし、彼らは周辺民族を見下げる傾向があったようです。
民族同士の偏見はどこの世界でも根強いものがあり、それは嫌悪感にさえ発展します。
ですからヤコブの一族は「忌みきらわれる」種類の民だったのです。
しかしヨセフは大臣という高い立場にありながらも、自分の地位を守ることに固執しないで、自分がその「忌みきらわれる」民出身であることを明らかにしました。
ヨセフは今自分があるのは神様のおかげと信じ、感謝していましたから、その神様が与えてくださった生い立ちや家族を肯定的に受け止めていたはずです。
主の与えてくださった自分の境遇を肯定しましょう。
感謝し、希望を見出しましょう。
またヨセフは、自分がヤコブの家族であるということはすなわちまことの神を信じる者であるという、信仰のアイデンティティーを持っていました。
ですから評判は下がるようなことがあっても、また仕事がやりづらくなるようなことがあても、「羊を飼う者」の出身であることを隠さなかったのです。
恐れて信仰を隠すよりも、神様からの助けをいただいて証しをする者となりたいものです。
祝福を祈ります。