本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇32:1-11です。
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ダビデは国王であり、すべてが自分の権力で思うままにできた人でした。
しかし、主の前には罪は罪としてさばかれなければならないことを知っていたのです。
そこに彼の王国の繁栄がありました。
支配者が主なる神を畏れていたからです。
そこで彼は告白したのは、罪を犯したことのない人が幸いであるというのではなく、「罪をおおわれた人」(1)が幸いだというのです。
人は神の愛を感じるときは、自分は正しいというときではなく、こんな自分を赦してくださったというと感謝するときです。
しかも私たちを赦してくださった主は、そのためにあの恐ろしい十字架にまでかかってくださったのです。
ですから、私たちは自分がどんな状態でも主に依り頼むことができるのです。
「主に信頼する者は 恵みがその人を囲んでいる。」(10)とある、そのことが実現するのです。
祝福を祈ります。