本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ガラテヤ人への手紙1:11-24です。
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パウロは主が誉め讃えられるためなら、自分の恥を喜んでさらけ出しました。
彼は教会を迫害したのですが、それを隠そうとはしなかったのです。
証の後に証し者がほめられたり、同情を受ける光景を見ることがありますが、それは主が中心にある共同体とは言い難いのです。
またパウロは「エルサレムにも上ることもせず、すぐにアラビアに出て行き、再びダマスコに戻りました。それから3年後に、私はケファを訪ねて…」(17-18)と書いています。
彼は主から受けた福音、すなわちイエスの十字架による救いを旧約の真理に照らし合わせて熟考していたのです。
パウロの福音理解は、体験と理性と歴史と霊性とが生きているものです。
私たちもそのようにバランスの良い信仰生活をしましょう。
祝福を祈ります。