2025年03月31日

2025/3/31早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、民数記7:10-89です。

本文とメッセージはこちら

これだけのものが、(出エジプト記にあるように)進んでささげられたものであることは、主の栄光です。
そのようにささげましょう。

聖書を記した記者が、これだけのものを記しました。
聖霊によらなければ、飽き飽きしたことでしょう。
人々の信仰のわざは神の栄光を表すから、記したのでしょう。
他の人の善きわざを覚え、徳を話題にしましょう。

祝福を祈ります。
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2025年03月30日

2025/3/30主日礼拝

3月30日の放送です。

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2025年3月30日NGC SundayCelebration (YouTube)

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2025年3月30日NGC SundayCelebration (WMP)

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前奏
賛美「Come今主をあがめ」
お知らせと報告など
賛美「主こそわが神」
  「死を打ち破り」
  「誰も見たことのないことが」
司会
使徒信条
主の祈り
祈祷
聖書 イザヤ書50章4節
メッセージ「弟子の特権〜主に聞いて語る」
祈り・応答
賛美「わが魂の羊飼い」(献金)
  「あなたは私の王」
頌栄「父・御子・御霊の」新聖歌63番
祝祷
後奏
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司会:竹内清兄
説教:岡本伸之牧師
Praise & Worship
 WL:岡本牧師
 Cho:Yoshika
 Key:Yokoi
 Dr:Yoshika
 PA:Ai
 YouTube&Camera:Nao
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2025/3/30早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、民数記7:1-9です。

本文とメッセージはこちら

幕屋は神との会見の場であるので、この世のものとは聖別しなくてはなりません。
その聖別は「油注ぎ」(1)とありますが、それは聖霊を表すものです。
そしてこれは私たちの礼拝も同じで、聖霊によって油注がれてこそ、礼拝が成り立つのです。

礼拝はただプログラムをこなせば良いというのではありません。
主のみわざが現れることが重要です。
それは聖霊による、救い、きよめ、癒し、なぐさめ、希望、そして悪霊への勝利です。
聖霊を求めましょう。

ここではたくさんのささげものがあります。
それら一つ一つを、主はすべて覚えていてくださいます。
私たちも積極的に主の聖なることを表すためにささげましょう。

祝福を祈ります。
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2025年03月29日

2025/3/29早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、民数記6:13-27です。

本文とメッセージはこちら

ナジル人として自分が聖別されると、この世とは別の霊的存在になったような気持ちになったことでしょう。
それは誰にでも時には必要なことで、滅び行くこの世から離れて全く神の領域に入ることは、信仰のすばらしい体験になるのです。

現代でも聖会や弟子訓練など…もちろん礼拝でもそのような信仰の体験を求めることが必要です。
ナジル人の条件は必ずしも生活の場を変える必要はありません。
つまり日常の中で神に聖別されることができるということです。
神を信じない社会に惑わされずに、神の領域に入って信仰体験をしたいというクリスチャンも多いことでしょう。
特別な祈りの期間もすばらしいものです。
教会はそのためにも存在しています。
ただし、ナジル人のような特別な期間を全うしたからといって、完全な人になるのではありません。
ここでは主へのささげものによって、そのことを教えています。
すなわち動物のささげものは罪の身代わりを表します。
自分自身の罪を認めて、小羊なるイエス様の救いを常に感謝しましょう。
また穀物のささげものは謙遜を表します。
霊的な体験をした人は、以前よりも謙遜になるのです。
もしも信仰体験を自慢するような言動があれば、その体験は神様によるものではないのかもしれません。
自己吟味が必要です。

22節からは祝福の祈りであり、これもまた祝祷と位置づけられます。
「アロンとその子らに」(23)祝祷が託されたように、それは神から与えられた特別な権威によって成り立っています。
その権威とは民を強いて動かすものではなく、祝福して幸せにするものです。
ちょうどイエス様の権威が、人類の救いと永遠の幸いに導くのと同じです。

祭司にこの権威が与えられたのは、祝福による一致が民に実現するためでした。
このように教会も一致とは祝福とともにあるのです。
礼拝の祝祷も神によって権威が与えられた者により、祝福とともにある一致のためにあります。
主は「わたしが彼らを祝福する。」(27)と約束なさっていますから、その信仰と理解で祝祷を、週ごとに、しっかりと受けましょう。

祝福を祈ります。
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2025年03月28日

2025/3/28早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、民数記6:1-12です。

本文とメッセージはこちら

ナジル人とは聖別されたものという意味で、当時からも、ある人々は自らをそのようにして、主にささげたということが分かります。
これはこの世的には何も得があるわけではないのですが、主のみこころに感動を覚えた者は、そのように主に自分自身をささげることが喜びとなるのです。

これは神様の永遠の尺度と無限の愛が分かったときの、自然の応答でもあります。
もしも自分自身の内に、献身の思いが与えられたなら、この世では理解されないとしても、主のお心に従って行って間違いはありませんから、確信を持ちましょう。

主に自分自身をささげて、お役に立ちたいと思うなら、「酒」(3)よりも聖霊に満たされることが必要です。
神様との交わりを妨げると思われるものを排除しましょう。

また、人から違って見えてもひるむ必要はありません。
ナジル人が「髪」(5)をのばし続けたように、聖別されていることが分かるのも大切なことです。
その覚悟をしましょう。

また死から全く離れましょう。
すなわち、永遠の命を信じない考え、神の救いに反する生き方や交わりとは、一線を画してこれらに同化しないようにしましょう。

祝福を祈ります。
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2025年03月27日

2025/3/27早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、民数記5:11-31です。

本文とメッセージはこちら

汚れた行為が疑われる女性に対する規定です。
何か不気味で恐いような祭司の働きですが、しかし罪を犯していない者にとっては何でもないことです。
むしろ夫の疑いから守られるのです。

この教えから分かるように、人には知られないことでも主は知っておられて、明らかにされます。
試されたときに、「害を受けない」(19)でむしろ「子を宿す」(28)ような祝福をいただけるようでありましょう。

祝福を祈ります。
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2025年03月26日

2025/3/26早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、民数記5:1-10です。

本文とメッセージはこちら

ツァラアト、漏出は伝染性の病でしたから、隔離しなくては全体に広がって重大なことになります。
これらの人は本人も苦しんでいるのに、隔離されるのはかわいそうな気がします。
しかし、だからといってそれをいい加減にはできないのが現実でもあります。

これは罪の現実を表しているのです。
罪をそのままにしておけば、必ず重大な問題が生じますし、何よりも聖なる神様の御名を汚すことになるのです。
「わたしがそのただ中に住む宿営を、彼らが汚さないようにしなければならない。」(3)と、主が言われる通りです。

「死体によって身を汚している者」(2)も同様に、罪の現実を表します。
生命にあふれて生きることを求める神様は、死は悪であるということを人に徹底させる必要がありました。
それで死体に触れる者は汚れると教えたのです。

以上は人の罪、汚れと神様の聖を学ぶためですが、神様はそれだけのお方ではありません。
このようなきよさを求められても、結局は心がツァラアトや死のようであった人間のためにイエス様が身代わりとなってくださいました。
私たちが神の御国(宿営)から「追い出」(2)されないように、イエス様が汚れた者とされ「追い出」(2)されさばかれてくださったのです。

また悔い改めについても教えられています。
「五分の一を加えて」(7)とは、謝罪の意味が込められています。
損をさせないのだから良いだろう…というのではないのです。
何よりもそれは神様に対する謝罪でもあります。
「弁償されたものは主のもの」(8)とあるからです。
私たちは罪を犯したとき、すなわち自分が原因で迷惑をかけてしまったとき、それは当事者とともに主に対して罪を犯したのだと知らなくてはなりません。

これらのことから、自分の罪・過ちへの対処として、主の目にかなった悔い改めを考えましょう。
そしてそれを実行しましょう。
イエス様の十字架がすでにあるので、悔い改める者には主が擁護してくださることを確信し、勇気を持ちましょう。

祝福を祈ります。
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2025年03月25日

2025/3/25早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、民数記4:34-49です。

本文とメッセージはこちら

戦士の数は民族の力であり、勝利のためには重要な要素です。
当然1人でも多く欲しいものです。
私たちの勝利または成功のために、戦士のように重要な要素は色々あるでしょう。
財力、情報、人脈、労働力、時間などなど…。

しかし主はイスラエルの戦士の数を減らしてでも、レビ族を礼拝の任にあたらせました。
神を礼拝する信仰がなおざりになったなら、神がイスラエルに勝利を与える意味がなくなるからです。

同様に私たちも、成功のためには少しでも重要要素を多くしたいし減らしたくないと思うかもしれません。
しかし勝利を与えてくださるのは主であることを知らなくてはなりません。

イスラエルの戦士約64万人のうち、レビ人は約8600人です。
これは法外な比率ではありません。
主は無理なことを要求なさる方ではないのです。
見える者を信じて主の勝利を失うことのないようにしましょう。
全能の主への信仰を表しましょう。

祝福を祈ります。
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2025年03月24日

2025/3/24早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、民数記4:21-33です。

本文とメッセージはこちら

ケハテ族が証の箱や祭壇の器具を扱ったことからすると、ゲルション族が携わるものは周辺的なものに感じます。
しかし、これも主から課せられたものであり、それゆえに尊いのです。
ですから私たちが第一に問われるのは、何の奉仕を担うかではなく、どのように奉仕に取り組んでいるか…なのです。

その点において、「アロンとその子らの命令によらなければならない。…指揮下にある。」(27-28)と主が言われたことには真理があります。
主に従っている、信仰がある…と言っていながら、人には従えない思いも、私たちの内にあるからです。
人間は完全ではありませんが、その不完全なものさえも用いて、ご計画を進められるのが完全な神です。

ゲルション族は「アロンとその子ら」(27)に従いましたし、アロンたちは働き人に仕事を任せました。
互いに不完全な者に主がどのように働かれるのかを、見極めることができるのが、成熟した信仰者です。

祝福を祈ります。
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2025年03月23日

2025/3/23主日礼拝

3月23日の放送です。

下記をクリックすると、YouTubeで再生開始されます。
2025年3月23日NGC SundayCelebration (YouTube)

また、下記をクリックすると、Windows Media Playerで再生開始されます。
2025年3月23日NGC SundayCelebration (WMP)

また、下記をクリックすると、Real Playerで再生開始されます。
2025年3月23日NGC SundayCelebration (RAM)


出席票の記入にご協力をお願いします。




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前奏
賛美「主の臨在の御前で」
  「威光・尊厳・栄誉」新聖歌166番
お知らせと報告など
賛美「どんな時でも」
  「詩篇100」
  「主よ捧げます」
使徒信条
主の祈り
祈祷
聖書 マタイによる福音書28章19〜20節
メッセージ「私たちの師なるキリスト」
祈り・応答
賛美「新しい命」(献金)
  「届けたい」
頌栄「父・御子・御霊の」新聖歌63番
祝祷
後奏
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司会:兼田美幸姉
説教:岡本伸之牧師
Praise & Worship
 WL:Miyuki
 Cho:Yoshika & DJshuntaro
 Key:DJshuntaro
 Pf:Yokoi
 Dr:Masaki
 PA:Yama
 YouTube&Camera:Yuta
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2025/3/23早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、民数記4:1-20です。

本文とメッセージはこちら

戦力を数えたのが民数記ではありますが、神への奉仕・礼拝をおろそかにしては勝利はありません。
この箇所の規定は、目に見える戦果を求めてのものではないので、守るには霊的理解力と従順が必要でした。
それで30歳以上の成熟が必要だったのです。

ケハテ族が携わったものは全て神様の御性質と救いを表すものですから、それらを扱う奉仕は重要で、まさに献身と従順が必要でした。
また高度な役割分担と、自分の役割への分担が必要であり、「死ぬことのないようにするため」(15,20)と言われているように、自らの分を超えない謙遜さが必要でした。
教会や実生活でこれらの資質を身に着けましょう。

祝福を祈ります。
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2025年03月22日

2025/3/22早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、民数記3:40-51です。

本文とメッセージはこちら

初子というのは、生まれた時点ではまだひとり子です。
つまりひとり子を差し出しなさいということですが、これは神のひとり子イエス様が、人間の救いのために差し出されたことと関係があります。
出エジプトでの子羊の犠牲も、またレビ人による「長子の代わり」(41)も、イエス様のひな型なのです。

ここで大切なことは、数をきっちりと合わせて代わりとしたことです。
イエス様の身代わりは、だいたいこれくらいの人数…として概数であがなったのでなく、1人1人がしっかりと把握されて、大切にされたということです。
また、そうであるなら、贖われる人と贖われない人というのは明確に区別されるということです。

すなわち救いには中間点はないのです。
愛する人の救いのために、アバウトな考えや適当な期待感ではなく、明確な危機感を持ちつつも主の憐みに期待しつつ、できる限りのことをしていきましょう。

祝福を祈ります。
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2025年03月21日

2025/3/21早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、民数記3:14-39です。

本文とメッセージはこちら

イスラエル人はエジプトでは奴隷状態で、そのうえ初子は殺されていました。
そしてエジプトから脱出する際には、子羊の血によって助けられました。
つまりイスラエルにとって初子は、神様によって贖われたのであり、それは神のものということになります。(3章12節)

ここに贖われた者(救われた者)の使命があります。
私たちは小羊イエス様の血によって贖われたものです。
それは神を礼拝するために、また神の栄光を表すために奉仕するということです。

ここでは1か月以上の者が登録されたので、誰でも可能な奉仕ではありますが、神様の命令に従ってしなくてはなりません。
自覚しつつ主の栄光のために、与えられた役割を果たしましょう。

祝福を祈ります。
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2025年03月20日

2025/3/20早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、民数記3:1-13です。

本文とメッセージはこちら

民数記においては戦いのための実践的備えが主要課題です。
しかし、だからといって主の命令や礼拝をおろそかにしてよいというのではありません。
私たちは時として、臨戦態勢すなわち危急のときは、礼拝など日常のことを後回しにしたり不十分でもしかたがないと思いがちです。
しかしそのようなときでも主との関係は最優先なのです。

ルターは忙しいときほど長く祈ったと伝えられています。
急がしいと目的を見失ったり、無駄なことをしてしまったり、動機がずれても気づかなかったりします。
現代人は自分は忙しいという言い訳がサタンに用いられているのです。
忙しい人は、それゆえに神のことばをシャットアウトしていないか、考えてみましょう。
また自分は臨戦態勢なのだというような緊張にある人も、それゆえに主をないがしろにしていないか、考えてみましょう。

祝福を祈ります。
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2025年03月19日

2025/3/19早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、民数記2:1-34です。

本文とメッセージはこちら

秩序があることで一致があります。
それは主からの命令によります。
ですから、勝利や成功を求めるなら主に聞くことです。
それを分かち合いましょう。

祝福を祈ります。
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2025年03月18日

2025/3/18早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、民数記1:47-54です。

本文とメッセージはこちら

レビ人も戦に出ることができるなら、もっと戦力は強められたでしょう。
しかし、主はその信仰を何よりも大切になさいます。
主を礼拝することをおろそかにするなら、動悸がずれてしまい、一致がなくなります。
どんなに人数が多くても弱体化してしまうのです。
それよりも戦う意味そのものがなくなってしまいます。

主との交わりがなく、みこころに従うこともなく努力する人生も、これと同じです。

主がレビ人とその礼拝の働きを不可侵としたように、私たちの礼拝とデボーションも不可侵としましょう。
「主が」「命じたとおりに」(54)行いましょう。

祝福を祈ります。
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2025年03月17日

2025/3/17早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、民数記1:20-46です。

本文とメッセージはこちら

全てのクリスチャンは主に愛されていますし、等しく高価で尊い存在です。
しかし一方で、「戦に出ることができる」(20)人は全員ではありません。
その思いがあるか、覚悟があるか、主によって訓練をされているかが問われます。
現代においても戦に出ることができるように、つまり主に役に立つ者となりましょう。

祝福を祈ります。
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2025年03月16日

2025/3/16主日礼拝

3月16日の放送です。

下記をクリックすると、YouTubeで再生開始されます。
2025年3月16日NGC SundayCelebration (YouTube)

また、下記をクリックすると、Windows Media Playerで再生開始されます。
2025年3月16日NGC SundayCelebration (WMP)

また、下記をクリックすると、Real Playerで再生開始されます。
2025年3月16日NGC SundayCelebration (RAM)


出席票の記入にご協力をお願いします。




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前奏
賛美「あなたをたたえ」
招詞
賛美「雨を注いで」
礼拝祈祷
賛美「イエスに高き誉れを」
お知らせと報告など
賛美「イエスは愛で満たす」新聖歌208番
  「神の国が心に」
  「足跡追って」
司会
使徒信条
主の祈り
祈祷
聖書 民数記3章1〜13節
メッセージ「荒野に負けない生き方」
祈り・応答
賛美「主こそわが神」(献金)
  「歩こうイエスの道を」
頌栄「父・御子・御霊の」新聖歌63番
祝祷
後奏
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司会:竹内清兄
説教:岡本伸之牧師
Praise & Worship
 WL:Yama
 Cho:Yoshika & Miyuki
 Key:Miyuki
 Dr:Masaki
 PA:DJshuntaro
 YouTube&Camera:Yokoi
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2025/3/16早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、民数記1:1-19です。

本文とメッセージはこちら

民数記とは民の数、特に戦士の数を数えるということで、それは戦いのための備えです。
私たちもこの世というサタンの力が残る場所に生きていますから、敵対する力があるのです。
主の愛を全うするのは、厳しいのです。
その覚悟と備えも必要であることを覚えましょう。

またこの書のヘブル語の題名は、べ・ミドバールすなわち荒野にてという意味です。
その意味するところは、この世は荒野であって、約束の地に行くまでには信仰の戦いが必要であるということなのです。

私たちの人生は何事も、そしていつまでも安泰ということはありません。
優先順位をしっかりさせて、現実を直視し、決断して、主の恵みによって努力しましょう。

祝福を祈ります。
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2025年03月15日

2025/3/15早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨハネによる福音書21:15-25です。

本文とメッセージはこちら

主イエスは、かつて期待に応えられなかったペテロを、もう一度立ち上がらせてあげたいと、愛を持って取り扱われました。
主イエスが十字架にかかる前に3回も裏切ったことに対して、3回の質問をもって彼の愛を回復させ、それを認めてあげようとなさったのです。

しかも「わたしの子羊を飼いなさい」(15)と、最も重要な働きを託されたのです。
人を育てることは厳かな使命であることを知りましょう。

主は今後に起こるペテロの殉教を知っておられ、彼にその心構えを与えられました。
ペテロは他の人ことが気になったようですが、主は自分の十字架を負うことを求めておられます。
人との比較ではないのです。
働きは主からの使命そして、主の愛をもらいつつ、自分自身に固有に与えられた尊い働きとして行っていきましょう。

祝福を祈ります。
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