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この書の著者であるゼパニヤはヒゼキヤ王の血統で、発言力もあったと思われます。
平和に慣れてしまい、神様への忠実さや恐れがなくなってしまったユダ王国の民に、神のさばきがあることを明言します。
これは現代も多くのクリスチャンに言えることで、平穏な生活に慣れてしまい、神様に従ったりしなくても生活できている…と高をくくってしまう傾向もあるのです。そのような態度に対して神様は見過ごすことはありません。
またクリスチャンだけではなく、全ての人類に対しても、神様は主権者であられますので、創造主をないがしろにする人々の態度を、見過ごしにはなさらないのです。(2:4〜)
本書ではいきなり「取り除く」(2)「断ち切る」(3)といったさばきが語られます。
もちろんこれまでも、神様はねんごろに愛を持ってご自身に立ち返るようにと、説いていたのです。
それでも神の声を無視する者にとっては、さばきは突然のようにもたらされるということです。
ここでは具体的には、「バアル」(4)信仰のような偶像礼拝者や、「天の万象を拝む」(5)自然礼拝者に対する警告があります。
また「主を尋ねず求めない者」(6)といった、不敬虔者に対して警告されています。
さばきは大きな規模でなされることがわかります。
人々の心にあるのは「主は良いことも、悪いこともしない」(12)というような、神に対するあなどりです。
私たちは主は必ずみわざをなされるのだ…という確信を持ち続けましょう。
祝福を祈ります。
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