2022年12月07日

2022/12/7早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇40:11-17です。

本日の本文とメッセージはこちら

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイブルメッセージ

2022年12月06日

2022/12/6早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇40:1-10です。

本文とメッセージはこちら

神様が私たちの祈りを聞いてくださる目的はいろいろあるでしょう。
その中でも、私たちの信仰の成長のため、そして御自身の栄光を表すためということはそこに入っていると言えます。
詩人はここで、「引き上げてくださった」(2)主の救いに感謝しつつ、信仰が成長し、栄光を表すことを明らかにしています。

彼の信仰は「私はあなたのみこころを行うことを喜びとします。あなたのみおしえは私の心のうちにあります。」(8)ということばに表されています。
また彼は「あなたの真実とあなたの救いを言い表します。」(10)とあるように、証ししたのです。

主に祈り願いましょう。
それなしには恵みはありません。
また勝利はありません。
そして同時に自分自身の信仰の成長と、主の栄光が表されることを求めましょう。
その目的を持って、主に祈りましょう。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイブルメッセージ

2022年12月05日

2022/12/5早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇39:1-13です。

本文とメッセージはこちら

詩人は罪ゆえの苦しみを、神様から与えられていたと思われます。
それゆえ神様への不平不満を言わないようにと、「口に口輪をはめておこう。」(1)と思っていたのでしょう。
しかしそれができないほどの苦しみでした。

その中で人の命のはかなさや無力、無常感を目のあたりにするのです。
しかしそれこそが神様の希望の入り口でした。
後半にこの詩人は神様への信頼を切々と述べています。

このように神様への信仰は、順境のときよりもむしろ逆境のときに強くなるものです。
その心構えをしつつ、主に依り頼みましょう。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイブルメッセージ

2022年12月04日

2022/12/4早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇38:1-22です。

本文とメッセージはこちら

しいたげられて不幸の連続のようであった民に、すばらしい希望があるとの預言です。
その根拠は救い主が誕生するからです。

イエス様の誕生は私たちのためです。
永遠の命が与えられるために、私たちの罪を負ってあの十字架で身代わりとなってくださいました。
そしてその事実は将来の天国のためだけではなく、現在のためでもあります。
「苦しみのあった所に、やみがなくなる」のです。

それには私たちが十字架によって救われた者として、その信仰を土台として生きることです。
またこのイエス様に頼りつつ、信頼して従うことです。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイブルメッセージ

2022年12月03日

2022/12/3早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇37:27-40です。

本文とメッセージはこちら

私たちはこの世にあって、不正や自己中心が幅を効かせているように見えることがあります。
それくらいしないと自分も対抗できないとか、損を見るなどと感じてしまうこともあるかもしれません。
しかしそれは錯覚です。

主がいるので、彼らの成功は続かないのです。
発覚したり争ったり自滅したり、結局主の正しさが証明されるようなことになるのです。

ここにある悪と善を見分けられる者でありましょう。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイブルメッセージ

2022年12月02日

2022/12/2早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇37:12-26です。

本文とメッセージはこちら

悪者や自分勝手な者、または不正ぎりぎりや自己中心で成功しているように見える者が、この世には多いですが、主は彼らを「笑われる。」(13)とあります。

私たちは、主に腕をささえていただける正しい者でありましょう。
37節以降にあるような正しさを心と行動に繁栄させましょう。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイブルメッセージ

2022年12月01日

2022/12/1早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇37:1-11です。

本文とメッセージはこちら

「悪を行う者に」(1)私たちは、これに対抗して自分を守ろうとしますし、できれば彼らに打ち勝って正義を勝ち取ろうとします。
悪いことではないかもしれませんが、それよりも有効な手立てがあると聖書は言います。

「腹を立てるな。…ねたみを起こすな。… 主に信頼し 善を行え。地に住み 誠実を養え。」(1-2)ということです。
正義はときとして必要以上に相手を攻撃してしまうことがあり、それは新しい悪となり得るものです。
またときには、自分だってあれくらいのことは許されているのだと思い、悪をしたくなる気持ちが湧いてくる場合もあります。
妙な「ねたみ」(1)です。

ですから主に信頼することに間違いはありません。
その結果私たちの義が「光のように」(6)輝くと聖書は言っています。
主に委ねましょう。
主を信頼しましょう。
主こそが善であり義なるお方です。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイブルメッセージ

2022年11月30日

2022/11/30早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇36:1-12です。

本文とメッセージはこちら

「悪しき者」(1)はなぜ悪事を続けられるのかといえば、それは「自分を偽」(2)っているからです。
咎を見つけてはそれを憎むことで、自分を正当化していますがそれで満足して、それ以上は変わりません。
悔い改めることだけではなく、その実を結ぶことが必要なのです。

悪者の言動との対比では、主への賛美が述べられています。
主のすばらしさを知るものが善を知ってそれを行い、悪者への対抗力となり得るのです。

さらには「いのちの泉」(9)は主にあるということを知っていますから、主のもとに行って豊かな人生を過ごすことができます。
主の素晴らしさを賛美し、主のくださるいのちを喜び楽しみましょう。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイブルメッセージ

2022年11月29日

2022/11/29早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇35:19-28です。

本文とメッセージはこちら

「あはは この目で見たぞ」(21)、「あはは われわれの望みどおりだ」(25)、「われわれは彼を呑み込んだ」(25)とは、非常にリアリティーのある表現です。
きっと詩人の心と耳に焼きついて消えない、心の傷になっていることばなのでしょう。

私たちもそのような、人のことばや行いが心に残り傷となっているものがあるでしょう。
それを抱えたままでは、主の祝福の健全な道を歩むのが難しいのです。
ですからこの詩人のように、そこに主のみわざをいただきましょう。
自分の心のとげとなっているものを、主の前に認めて告白し、主の愛と全能の力で癒していただきましょう。
「主は大いなるかな。ご自分のしもべの平和を喜ばれる方は」(27)と彼らにいつも言わせるほどの、人間関係の勝利をいただきましょう。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイブルメッセージ

2022年11月28日

2022/11/28早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇35:1-18です。

本文とメッセージはこちら

敵に対して、「主よ。…戦ってください。」(1)と願っています。
人生にはどうしても敵に勝たなければならないときもあるでしょう。
そのようなときには、自分で怒りにまかせて相手を打ち負かすのではなく、主に戦っていただく必要があります。

またどうしても自分の怒りが収まらないとき、または相手が邪悪で赦しがたいとき、主にその怒りをぶつけることです。
主は私たちの心を癒し、正しい方向へと導いてくださいます。
決して怒りにまかせてしまわないことです。
また怒りを押し殺して心を病むようにならないことです。

主は勝ち負けではなく、もっと大きな視点を示して、私たちを怒りと敗北の中から、引き上げてくださいます。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイブルメッセージ

2022年11月27日

2022/11/27早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇34:11-22です。

本文とメッセージはこちら

ダビデは神に失望したくなるような出来事が多くありましたが、どこまでも神を信頼し続けました。
その結果、王となり、その国は繁栄しました。
「子たちよ」(11)とありますから、これは彼の本心からの教えであり、ぜひとも知らせておきたいことなのだと思われます。
それは「主の目は正しい人たちの上にあり 主の耳は彼らの叫びに傾けられる。」(15)ということです。

これは彼の信仰の経験から来る確証です。
彼はちょっと頼って、失望すればやめてしまうというような、いい加減な信仰ではありませんでした。
主の前に正しくありたいと思えば、自分の命をねらうサウル王にでさえ忠誠を誓ったのです。

「正しい者の悩みは多い」というのが彼の実感でしょう。
それはまた、悩みが多いのは自分の正しさから来ているのだという、自負もあったと思われます。
またそれは喜びでもありました。

主の御心を行う人生は簡単ではありません。
しかしそれは勝利への道であり、祝福の条件です。
またそれは主を愛する者の喜びでもあります。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイブルメッセージ

2022年11月26日

2022/11/26早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇34:1-10です。

本文とメッセージはこちら

ダビデは自分を守るために、気が違ったかのようにふるまわなければなりませんでした。
不安と恐怖、そして屈辱の中にいたのです。
それでも彼は「あらゆるときに 主をほめたたえる」(1)と、信仰の宣言をしています。

それは彼が今だけの境遇に気持ちが反応して、不平不満を言うのではなく、これまでの主のみわざを思っているからです。
つまり「主のいつくしみ深い方であることを」「味わい 見つめ」(8)ているのです。

私たちは日常生活の中で、主を深く思うときが大切です。
時間をかけるのを惜しんで、主との関係も簡単にすませてしまうのが、効率のよい生き方ではありません。
時間の有効利用ではありません。
むしろ主の素晴らしさを味わうことで、感情や考えの堂々巡りから脱却できるのです。
またこの世のアプローチではどんなに時間をかけてもかなわない、主の真理に到達できるのです。
何よりも、私たちに本当に必要な、主自身の愛をいただくことができるのです。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイブルメッセージ

2022年11月25日

2022/11/25早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇33:1-22です。

本文とメッセージはこちら

「正しい者」(1)は、主に対して恐怖心をいだく必要がありません。
「主を喜び歌」(1)うことができるのです。
天を造られた偉大なる主の権威によって「正しい者」は守られ「愛される」(5)からです。

ただし、ダビデはこの前の歌で「罪をおおわれた」(32:1)者の幸いを歌っています。
つまり正しい者とは全く罪を犯したことのなり天使ではなく、罪を認めて告白し、主に罪を赦された者ということができるでしょう。

私たちはここに歌われている、主からの安心をどんなときも持つことができるのですが、それは悔い改める謙遜さを大前提としたものです。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイブルメッセージ

2022年11月24日

2022/11/24早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、詩篇32:1-11です。

本文とメッセージはこちら

ダビデは国王であり、すべてが自分の権力で思うままにできた人でした。
しかし、主の前には罪は罪としてさばかれなければならないことを知っていたのです。
そこに彼の王国の繁栄がありました。
支配者が主なる神を畏れていたからです。

そこで彼は告白したのは、罪を犯したことのない人が幸いであるというのではなく、「罪をおおわれた人」(1)が幸いだというのです。
人は神の愛を感じるときは、自分は正しいというときではなく、こんな自分を赦してくださったというと感謝するときです。

しかも私たちを赦してくださった主は、そのためにあの恐ろしい十字架にまでかかってくださったのです。
ですから、私たちは自分がどんな状態でも主に依り頼むことができるのです。
「主に信頼する者は 恵みがその人を囲んでいる。」(10)とある、そのことが実現するのです。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイブルメッセージ

2022年11月23日

2022/11/23早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、創世記50:15-26です。

本文とメッセージはこちら

ヨセフの兄たちは、またも自分たちのかつての罪から仕返しを恐れ、画策しました。
それは言ってもいない父ヤコブのことばを持って、ヨセフに取り入ったことです。
「ヨセフは...泣いた。」(17)とあります。
彼はもう赦すと何度も言っていたはずなのに、自分との信頼関係がないことを嘆き、また兄たちの卑屈さを嘆いたものと思われます。

ここには赦しと不安の原型ともいうべき姿があります。
人間は赦されても、なお自分を守るために不安を抱えて生きるものなのです。
それはイエス様の十字架によって赦された私たちも同じかもしれません。

何か問題が生じるたびに、赦されていないかもと十字架の愛を疑うようなことのないようにしましょう。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイブルメッセージ

2022年11月22日

2022/11/22早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、創世記50:1-14です。

本文とメッセージはこちら

ヨセフが父ヤコブをカナンの地に葬ったのは、やがて一族がその地に帰るからです。
そこは神様が後に子孫であるイスラエル民族に与えた、約束の地です。
ヤコブも、息子ヨセフもこの後に何があるかは分かりませんが、神様のご命令に従順、忠実に従いました。
そこには自分自身の判断の余地はありません。
またもしも神様から後の新約の神学的真理を説明されても合点がいかなかったでしょう。
私たちは、自分の理解を超える神様の真理の前に、従順に従う必要もあるのです。

エジプトからカナンは遠く離れていて、そのプロジェクトは大変なものでしたが、ヨセフはただただ父の信仰、そこに表された主のみ旨に従いました。
私たちも見習いましょう。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイブルメッセージ

2022年11月21日

2022/11/21早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、創世記49:22-33です。

本文とメッセージはこちら

やはりヤコブのヨセフに対する愛情は特別なようです。
死んだと思ったのに再会でき、兄たちを赦すだけでなく、自分たち家族をききんから救ったのですから、それは当然でしょう。
主は父ヤコブのそのような思いを用いられて、特別な預言を与えました。
すなわちキリストを表す預言です。

ここには激しく攻められるられること、全能者によって助けられること、永遠の祝福に至ることが表されています。
まさに十字架の責め、主による復活の勝利、永遠の栄光を思わせるものです。

ユダ族のように、系図という目に見えるものから王がそして救い主が誕生することもすばらしいことです。
しかしヨセフのように、苦難を通ってもその信仰によって、救い主を自らが表すようになることはもっとすばらしいことです。

ヤコブは先祖たちをともに葬られることを願いました。
かつてはリベカばかりを愛していましたが、今はそれだけでなくレアも含めて先祖たちとともに葬られたい、すなわち自分が生きた証しとして神に導かれたことを明らかにしたいのです。
自分の人生を通して最終的に何を遺したいのか…それを考える必要があります。
それが明確であることと現在を意義ある毎日にすることとは、一体です。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイブルメッセージ

2022年11月19日

2022/11/19早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、創世記49:1-7です。

本文とメッセージはこちら

終わりの日とは、終末というよりも後の時代という意味です。
ルベンの子孫であるルベン族は、イスラエルに与えられた約束の地カナンに入る際には、みなと共にヨルダン川を渡らずに、東側に定住しました。
そしてその後に滅びてしまったものと思われます。
またルベン族からは士師、王、預言者などは生まれませんでした。

そのような呪いは、ルベンが父のそばめと寝て寝床を汚したことに起因しています。
それについてヤコブは告発しています。

先祖の罪の性質はその子孫にまで影響することを考える必要があります。
水のように捉えどころのない奔放さは、後のルベン族の自分勝手な定住にも関係しているのかもしれません。

またこれは神様の一方的なご計画ととることもできます。
後にルベン族を減少させた神様ではありますが、それには深い摂理があったと考えられます。
ただ、それでも不公平だとも感じるかも知れません。
しかし私たち人間には、ルベンのような罪があるので、それを思えば神様が不当だと非難することはできないのです。

ヤコブの呪いは、人間の罪ゆえの結果と取ることもできますし、また神様のご計画とも取ることもできます。
その両方が正しいのではないでしょうか。

シメオンとレビもまた、妹ビルハの復讐のために多くの人を殺した、その罪を訴えられ、また呪われています。
シメオン族もまた衰退し、ユダ族に吸収されてしまったようです。

私たちは生まれつきのままでは、このルベンなどのように、罪ゆえに呪われたものです。
しかし十字架のイエス様とともに死に、またともに生きることによって新しくされたのです。
今は呪いの中にはないことを感謝しましょう。
そして、新しい生き方、すなわち罪によってではなく、御心によって生きましょう。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイブルメッセージ

2022年11月18日

2022/11/18早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、創世記48:12-22です。

本文とメッセージはこちら

ヨセフは父からの偏愛を受け、それがもとで兄たちから憎まれて奴隷として売られ、辛苦をなめる人生を送らねばなりませんでした。
そのような経験のある人の中には、兄たちだけでなく、自分をそのように育てた父にも恨みを抱くケースが少なくありません。

神様がそのような過去を恵みに変えてくださったことは言うまでもありません。
しかし、どれほど主の大逆転があろうとも、恨みの思いを消せない人もいるのです。
ヨセフは過去を主の恵みによって変えていただくことができました。
そこには兄弟たちに明言したように、「神が私を先にエジプトに遣わした」という信仰と、赦しを宣言した告白があったのです。
恨みによって考えたり行動したりしなかったのです。

私たちは主の恵みによって生きるという信仰を決断する必要がありますが、その決断をしたならば、いつまでも過去に囚われることは人生の損失です。

ヨハネはわだかまりを持たずに、父の霊的権威をも認めて、父からの祝福を受けようとしています。
それによって自分と子どもたちが大いに祝福されたのです。

またイスラエル(ヤコブ)は、次男であるエフライムを長子として祝福しました。
その根拠はわかりませんが、事実そのようにエフライムはマナセよりも大きな部族になりました。
神様の一方的な選びを証しするものとして、ヤコブの祝福が用いられたわけです。

そのような選び(賜物や使命も含めて)に関しては、クリスチャン同士でもうらやましがったり、不平を言ったりしやすいものです。
しかしエフライムもマナセも共に祝福されたのですから、そのことを忘れないようにしましょう。
もしも競争心や不満を持つなら、そこから祝福は漏れてしまうことを覚えましょう。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイブルメッセージ

2022年11月17日

2022/11/17早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、創世記48:1-11です。

本文とメッセージはこちら

どんなに立派な信仰生涯を送った人でも、この世で信仰が完成し、神の約束がすべて成就するということはありません。
当然ですが、誰もが永遠の神の国に旅立ち、子孫をこの世に残し、神の約束の成就を次世代に委ねなければならないのです。
ですから、私たちは謙遜に神に委ねなければなりませんし、次世代を育てて委ねなければなりません。

それは死だけではありません。
老いやまた立場と働きの変化によって、次世代に委ねることもあります。
自分ひとりで完成するのではなく、常に他の人に委ねつつ、時には頼りつつ進んで行くのが、神様の働きの基本です。

ヤコブも地上で様々なことがありましたが、その波乱万丈の生涯を閉じるにあたって、全能の神の導きを証ししています。
私たちもその生涯について、明確に「このように神の導きに従った。私が遺すものは、神の御心だ」と明言できるでしょうか。
また今、そのように生きているでしょうか。

またヤコブはヨセフの失われた半生を回復するかのように、その子であるエフライムとマナセを自分の子として位置づけました。
神の祝福の計画が後々まで正しく進むためです。
ヤコブは人間的には欠点もある人でした。
また今は目も良く見えないという弱さを持っています。
しかし信仰においては、過去や弱さが妨げになることはありません。
今、生きて働いておられる神を信じて頼り従うことが重要なのです。

祝福を祈ります。
posted by DJshuntaro at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バイブルメッセージ