2021年11月28日

2021/11/28早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ハバクク書2:1-11です。

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ハバククが神様に求めたことは2節以降です。
それは敵からの救いであり、はっきり書き記す価値のあるもので、「急使として走る」(2)ほどにすばらしいもので、また「遅くなっても、そ
れを待」(3)って良いほどに確かなものです。
神様からの助けと救いをいただくなら、それほどの信頼を持って待ち続けましょう。

神様は敵と神の民との違いを明らかにされます。
敵は「うぬぼれていて直ぐでない」(4)、すなわち神と真実に向き合えない者であり、また高ぶる者、すなわち神なしで生きて神に背く者です。
それに対して神の民の「正し」さは、別次元のものです。
すなわち敵よりもどれほど正しいかという、比較の問題ではなく、信仰の問題であるというのです。

これはイエス様の十字架を信じる信仰を指し示すものです。
私たちクリスチャンが神様によって敵から守られるのは、この根拠すなわち「信仰によって生きる」ということにあるのです。

5節以下は敵の不義について書かれています。
8節まではむさぼり、11節までは不正な利得です。
私たちは自分自身も同じ罪があることを謙遜に認めつつも、主の十字架によって赦されていることを信仰によって感謝しつつ、しかしまた敵への告発を警告として、きよい者となって行きましょう。

祝福を祈ります。
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2021年11月27日

2021/11/27早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ハバクク書1:1-17です。

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神殿に仕えていたレビ人、ハバククに神様はみことばを託しました。
ここでまずハバククはイスラエルが神様に従わず、暴虐を行う様を訴えます。
神様は意外な方法でイスラエルをさばくと言われます。
イスラエルよりももっと悪い異教のカルデア人がイスラエルを攻撃するというのです。

それは理不尽なことのように感じますが、むしろ彼らから守られることの方が不思議なことで、それは神様の守りがあればこそなのです。
現代の世の中にも攻撃してくる人や組織があるものです。
私たちは主の守りがなければ生きていけないことを常に肝に銘じて、主に従うべきです。

ハバククはカルデア人がイスラエルを攻撃するということを聞いて、「なぜ、裏切り者を眺めて、黙っておられるのですか。悪しき者が自分より正しい者を吞み込もうとしているときに。」(13)と神様に訴えます。
それは当然のようです。
しかし人の悪は神様から見れば同じで、どちらがより正しいということはありません。
イスラエルもまた悪者であるのです。
それは私たちも一緒で、「あの人の方が悪いのに」ということはできないのです。

またそれはカルデア人の悪がさらに明確になるためでもあります。
主は悪をさばくお方です。
そのさばきが正しいことを明らかにするためでもあるのです。

しかし主にはまだ深い御心があるかもしれません。
ハバククは早まった考えで神に不満を言うよりも、「主が私に何を語られるか、私がそれにどう応じるべきかを見よう。」(2:1)と主に目を凝らします。
それこそが解決の道です。
理解できないような出来事が起きるときには、主に注意を向けましょう。

祝福を祈ります。
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2021年11月26日

2021/11/26早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨブ記31:23-40です。

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ヨブが今話せることは、もう尽きてしまいました。
彼が地上の誰よりも立派な人であったことがわかります。
それにしても神はなぜヨブのような正しい人に、苦しみを与えられたのでしょうか。

もしも罪の多い人であったなら、おそらく「因果応報」「自業自得」ということで済まされてしまって、そこからは神の絶対的主権という観念が生まれてこなかったからでしょう。

ときには私たちも、「正しいから」「成長しているから」「用いられているから」こそ、試練が与えられることもあるのではないでしょうか。
更なるステップへ、高みへ、または深みへ進ませるためです。

ヨブのように正しい生き方を心がけつつ、主からの意味ある試練に、希望を持って向かっていきましょう。
ヤコブの手紙1:12「試練に耐える人は幸いです。耐え抜いた人は、神を愛する者たちに約束された、いのちの冠を受けるからです。」

祝福を祈ります。
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2021年11月25日

2021/11/25早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨブ記31:1-22です。

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ヨブは自分には全く罪がないと主張します。
確かに人と比べるなら、誰よりも潔白でしょう。
しかし神の前には完全な者は1人もいません。
正しいことを行うのは大切なことです。
しかし、それで自分は非がないと思い込むと、成長やきよめのチャンスを失ってしまいます。
またヨブの友人たちのように人を傷つけることもあります。

私たちは、ここでヨブが自己義認を主張する一つ一つを吟味しましょう。
その上で、自分は完全ではないからもっと成長したいとの思いが大切です。
ピリピ書のパウロのように。
「兄弟たち。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ一つのこと、すなわち、うしろのものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばし、キリスト・イエスにあって神が上に召してくださるという、その賞をいただくために、目標を目指して走っているのです。」(ピリピ3:13-14)

ヨブは下の立場の人、弱い人、乏しい人への態度に心を配っていたようです。
また神以外のものをより頼むように見えるどんなことも避けていたようです。
これらの点でヨブのような良い生き方をしましょう。
その上で、また成長して行きましょう。

祝福を祈ります。
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2021年11月24日

2021/11/24早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨブ記30:16-31です。

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骨がえぐりとられる苦しみが巻きつき、全能の神に攻めたてられるヨブは、惨めさも通り越して、自分をさげすむ人々にさえ助けを求めます。
皮膚がはげ落ち、骨が焼けるからです。
よくも死を選ばなかったと思うくらいです。 

ヤコブの手紙5:11には「見なさい。耐え忍んだ人たちは幸いだと私たちは思います。あなたがたはヨブの忍耐のことを聞き、主によるその結末を知っています。主は慈愛に富み、あわれみに満ちておられます。」とあります。

ヨブの忍耐が多くの迫害に苦しむクリスチャンたちを励ましたのです。
すべては主の御手の中にあるのですから、希望のない苦しみはありません。
また意味のない苦しみはありません。

祝福を祈ります。
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2021年11月23日

2021/11/23早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨブ記30:1-15です。

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不遇な境遇がすさんだ心を生む場合があります。
被害者が次には加害者になることもあります。
ヨブは救済してあげた人々から、今はさげすまれ苦しめられるようになってしまいました。
彼らよりも弱い立場になってしまったのです。

しかし、そのような惨めさの中でこそ学べる最高の真理があります。
「キリスト・イエスのうちにあるこの思いを、あなたがたの間でも抱きなさい。」(ピリピ2:5)
「人としての姿をもって現れ、自らを低くして、死にまで、それも十字架の死にまで従われました。それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名を与えられました。」(ピリピ2:7b-9)と聖書にあります。
このような生き方を学べるチャンスなのです。

祝福を祈ります。
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2021年11月22日

2021/11/22早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨブ記29:15-25です。

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ヨブが足なえや貧者のために善を行い、悪と戦い、良い指導者であったことがわかります。
彼はそれによって不死鳥のように長生きすることを期待していましたし、王のように威厳があったこともわかります。

”私は正しいので、信仰深いので、神様から祝福されるにふさわしい”と考える人も多いかもしれません。
または”こんなに神に従ったのだから、祈ったのだから、神は私の願いを聞くべきだ”とも思うかもしれません。
その場合、聞かれないことがあると神を恨むことになるのです。

ヨブ記のテーマはこの問題にも関係します。
確かに「…(神)が、あなたに報いてくださいます。」(マタイ6:4 )とイエス様も言われます。
しかし報いはすぐにあるとは限りません。
「忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです。」(ローマ5:4)というように、主は私たちの信仰を練り上げ、本当の希望を与えてくださるのです。
ヨブのように私たちも練り上げられ、神の品性によって、希望をいただきましょう。

祝福を祈ります。
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2021年11月21日

2021/11/21早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨブ記29:1-14です。

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ヨブは過去の試練に遭う前の自分をなつかしみます。
友人は助けにならないこと。今は沈黙しておられても、やはり神の知恵により頼む以外ないことを感じてはいましたが、もう過ぎてしまった日々をどうどう巡りしています。

それは時には私たちの姿ではないでしょうか。
子どもの頃や壮年の頃、賞賛や善行など…失ったものばかりに思いが行って、未来に向けなくなってしまいます。

パウロがピリピ人への手紙3:13で「兄弟たち。私は、自分がすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ一つのこと、すなわち、うしろのものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばし、」と言っています。
神は間違って過去を消去したのではありません。
未来に祝福を備えておられるのです。

祝福を祈ります。
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2021年11月20日

2021/11/20早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨブ記28:12-28です。

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ヨブは友人たちの主張する「知恵」が頼りにならないことを悟り、本当の知恵はこの世にはないことを痛感しました。
今は神の答えがなくとも、やはり神の超越的な知恵を求めるしかないのです。
そしてそれは簡単に手に入るような安易なものではないと気づきます。

私たちは神様の知恵をいただいています。
それは聖書からです。
「聖書はあなたに知恵を与えて、キリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができます。聖書はすべて神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練のために有益です。」(2テモテ3:15-16)とあるように、ことあるごとに聖書に聞いて、従いましょう。

祝福を祈ります。
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2021年11月19日

2021/11/19早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨブ記28:1-11です。

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銀、金、鉄、銅、サファイヤなどは非常に価値のあるものです。
それらを採取する技術は当時も高く、知恵、経験、知識、精神力を駆使して発見した様子を、ヨブは語ります。
そしてそれは、次に述べる「しかし、知恵はどこで見つかるのか」(12)に続きます。

この世で価値あるとされるものを生産または達成するために、人々は全力を傾け技術を磨きますが、神の知恵はそのような人間の能力によっては見つけられないということです。

ヨブは少しずつ神の絶対的権威について、気づきはじめているようです。
私たちもこの世の価値あるもの、またそれを得ようとして努力することに敬意を表しながらも、この世のものではない永遠のいのちの絶大なる価値と、そのいのちを与える神の知恵のことばの絶大なる価値を薄めないようにしましょう。

コリント人への第1の手紙1:20-21に、「知恵ある者はどこにいるのですか。学者はどこにいるのですか。この世の論客はどこにいるのですか。神は、この世の知恵を愚かなものにされたではありませんか。神の知恵により、この世は自分の知恵によって神を知ることがありませんでした。それゆえ神は、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救うことにされたのです。」とあるように、主の知恵の前にへりくだりつつ、主の知恵があることに確信を持って、前進してゆきましょう。

祝福を祈ります。
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2021年11月18日

2021/11/18早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨブ記27:13-23です。

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ヨブのことばはまるでツォファルのヨブに対する非難(20章)のようです。
ヨブは彼の代わりに語ることによって、ツォファルの非難が実は彼自身に降りかかっていることを暗示しています。

ツォファルたち友人こそ、ヨブが「私の敵は悪しき者のようになれ。」(27:7)と言った人々、すなわちここでの「悪者」です。
ヨブは事細かにその報いについて述べています。

人への非難はそのまま自分に返って来るものです。
また、自分は非難されるところはないと思っていても、非難した人を赦せないという罪があるのです。
ルカによる福音書18:13-14にあるイエス様のことばを思い出しましょう。
「取税人は…言った。『神様、罪人の私をあわれんでください。』あなたがたに言いますが、義と認められて家に帰ったのは、...この人です。」

義人であるのは、人の罪をあばく側でもなく、また自分は間違っていないと主張する側でもなく、自分の非(罪、足りなさ、不完全さ)を認めて悔い改められる人です。

祝福を祈ります。
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2021年11月17日

2021/11/17早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨブ記27:1-12です。

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これまでの流れからいうとツォファルの順番ですが、彼が沈黙していたのでヨブは話し始めたようです(前章もヨブの発言なのに、あえて「ヨブはさらに言い分を続けた」(1)とあることからもわかります)。
ヨブの気持ちはチャンスとばかりにはやっていたのかもしれません。

彼は自分の潔白を主張するとともに、その自分を批判し攻撃する友人たちに呪いともとれることばをかけ始めます(7〜8)。
彼の論理では当然の気持ちでしょうが、神様から見るならまさにそこもまたヨブの罪です。

私たちは誰も「自分は絶対に間違っていない」と言える者はないのです。
むしろ「間違っていない」という思いがサタンに利用され、罪を犯し易いのです。

イエス様は罪のないご自分を殺そうとする人々に対しては、「父よ、彼らをお赦しください。」(ルカ23:34)ととりなしされました。
これが「悪くない」者の姿です。

祝福を祈ります。
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2021年11月16日

2021/11/16早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨブ記26:1-14です。

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ヨブはビルダデに対して、結局誰をも助けてはいないではないかと反論します。
彼は友人たちとの議論の中で、絶望し、神に訴え、答えられず、苦しみ、しかし神に希望を見出そうとする…といったことを繰り返しながら、少しずつ神様の御心に近づいているようでもありまます。

14節の「私たちは神についてささやきしか聞いていない。御力を示す雷を、だれが理解できるだろうか。」とは、まさに「なぜ、なぜ」と問うてきた自分に対する答えを、無自覚に述べているようです。

友人たちも同じことを言いましたがヨブの心に響かないのは、彼らが御心をヨブに適用するのみで、自分のこととして受け止めていなかったからです。

ルカ6:41にあるように「あなたは、兄弟の目にあるちりは見えるのに、自分自身の目にある梁には、なぜ気がつかないのですか。」のことばを思いながら、自分が方向転換(悔い改め)し、成長することを第一としましょう。

祝福を祈ります。
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2021年11月15日

2021/11/15早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨブ記25:1-6です。

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ビルダデは正しいことを言っていますが、それは一部でしかありません。
エペソ人への手紙2:10には「実に、私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをあらかじめ備えてくださいました。」とも書かれています。

確かに私たちは聖なる神の前にはうじ虫のような存在ですが、しかしまた愛の神は、エペソ2:8にあるように「この恵みのゆえに、...信仰によって救」ってくださり、尊い行いができ意義のある人生を歩むようになったのです。

偏った人間観を持たないように気をつけましょう。
また自分の存在や人生が尊いものであることを感謝し、そのように生きていきましょう。

祝福を祈ります。
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2021年11月14日

2021/11/14早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨブ記24:1-25です。

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ヨブは神の時すなわち裁きの時が明らかであるのなら、どうして日常にその裁きがないのかと問います。
地境を動かすような不正や横暴があり、またそれによって(野ろばのように)貧しい者たちは荒野でしか食べ物を得られず、悪者が刈り取った後の畑で飢えをしのぐようになります。
さらに悪者たちはみなしごを母から奪い、奴隷として酷使します。

そしてその彼らの訴えを神は心に留められず、悪者を裁かないというわけです。
エリファズの主張は、病は悪者に対する神の裁きだから、ヨブも悪いに違いないということでした。
ヨブはそれは現実世界を見るなら当てはまらないと言いたいのです。

神は心の内にあるものを明らかにされるお方です。
黙示録22:11-12には「不正を行う者には、ますます不正を行わせ、…聖なる者はますます聖なる者とならせなさい。…わたしは報いを携えて来る。」とあります。
結果的に、悔い改める者には忍耐が、頑なな者には裁きの確かさが表されるのです。
批判する側もされる側も、全能の神が定めた時の前にへりくだり、委ねて、その正しい裁きを後に見せていただきましょう。

ヨブはさらに悪者の様子を語りますが、また神の裁きもあること(18〜20、24)を期待します。
ヨブの信仰は、必ずある神の裁きと、また裁きには時があるということに行き着いたようです。
これが後の悟りにつながっていくと思われます。

苦しみながら全存在をかけて神に問いかけ、教えられた御心の真理ほど貴重なものはありません。
ヨハネ14:6でイエス様は「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」と言われました。
苦しいときこそイエス様と熱心に交わり、宝を得ましょう。

祝福を祈ります。
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2021年11月13日

2021/11/13早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨブ記23:1-17です。

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苦しみにうめく信仰者の心理が表されています。
神が遠くに行ってしまったと感じて絶望するとともに、また神には希望があると信じたいのです。
「神は、私の行く道を知っておられる」(10)という信頼、また試練によって錬られ純化されて「金のようになって出てくる」(10)とも言っています。
しかしまた心は揺れて、「神を恐れて」(15)もいます。

1ペテロ1:7には「試練で試されたあなたがたの信仰は、火で精錬されてもなお朽ちて行く金よりも高価であり、イエス・キリストが現れるとき、称賛と栄光と誉れをもたらします。」とあります。

イエス様が罪を処分してくださったので、私たちの試練はさばきではなく、むしろ訓練です。
主が「耐えられない試練にあわせるようなことはなさいません」(1コリント10:13)ので、脱出の道を楽しみに信じて行きましょう。

祝福を祈ります。
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2021年11月12日

2021/11/12早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨブ記22:21-30です。

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エリファズの言っている内容は正しくても、その前提と動機は間違っています。
言われる方は辛くて全てを否定したくなりますが、中には受け入れるべき内容も含まれている場合があるのです。
神との平和、全能者を黄金とすること、へりくだる者を救うなどです。

私たちはプライドのための争いにならないように気をつけなければなりません。
エペソ4:26-27には「怒っても、罪を犯してはなりません。憤ったままで日が暮れるようであってはいけません。悪魔に機会を与えないようにしなさい。」とあります。
自分のプライドのために憤り、神の真理までも受け入れなくなってしまうなら、悪魔に付け入る機会を与えることになるのです。

祝福を祈ります。
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2021年11月11日

2021/11/11早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨブ記22:1-20です。

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エリファズの信仰(の思い込み)は、病や苦難は罪の結果だということです。
彼はその思いに支配されてしまい、ヨブに関して妄想を抱くようになってしまいました。
神が正しいと認めるヨブが「不義に際限がない」(5)「はぎ取り」(6)「腕を折」(9)るなどとは有り得ないことです。

早まって人を非難しないようにしましょう。
また非難されたなら1ペテロ4:14の聖句「もしキリストの名のためにののしられるなら、あなたがたは幸いです。栄光の御霊、すなわち神の御霊が、あなたがたの上にとどまってくださるからです。」を信じて心に留めましょう。

祝福を祈ります。
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2021年11月10日

2021/11/10早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨブ記21:17-34です。

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前後の内容から考えると、「幾たび...滅びを分け与えられることか」(17)というのは、その頻度や割合に疑問を感じているということです。
”神は悪い者をさばく(彼が全能者の憤りをのまなければならい)はずだが、必ずそうされるとは限らない。なぜか。そしてどの程度なのか。”という疑問です。

ペテロの第2の手紙3:9には「あなた方に対して忍耐しておられるのです。だれも滅びることがなく、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられる」とあります。
愛の主は忍耐とともに(私たちにそうであったように)1人1人を扱っておられるのです。

ヨブの友人たちのような批判に悩むよりも、「まず神の国と神の義を求め」(マタイ6:33)ましょう。
「そうすれば…すべて、それに加えて与えられます」という約束があります。

祝福を祈ります。
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2021年11月09日

2021/11/9早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨブ記21:1-16です。

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ヨブが言うように地上の世の中が不公平に感じることも確かです。
不正を行う者が成功者になる例もあります。
しかし、生きた神から断絶したその心に平安はありません。
ヨブの言うように「彼らの繁栄はその手の中にはない」(16)からです。
平安がないから、必死に不正までもして守ろうとするのです。
見えるところは繁栄でも、神の前に乏しいなら何の保証にもなりません。

マタイによる福音書6:20においてイエス様は「自分のために、天に宝を蓄えなさい。そこでは虫やさびで傷物になることはなく、盗人が壁に穴を開けて盗むこともありません。」と言われました。
またマラキ書3:10にも私たちのために「天の窓を開き」とありますから、必要があればそこから無尽蔵に与えられるのです。
主は公明正大な方です。

祝福を祈ります。
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