2025年11月23日

2025/11/23早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨシュア記8:1-9です。

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神に創造された私たち人間にとって、永遠とは神と共に過ごすか断絶されて過ごすかの、どちらかしかありません。
神との断絶こそが人間にとって最大の苦しみであり絶望です。
そしてそのどちらかは、人間自身の選択にかかっています。
主との永遠の祝福すなわち天国をえらぶか、断絶である地獄を選ぶかです。
神である主はそのことを人類に知らせる必要があるとお考えになって、聖書を記してくださいました。

このアイの戦いと聖絶はまさに、永遠か滅びかを明確に表しているものと言えるでしょう。
アイの人々は、忌まわしい偶像に仕えてまことの神に敵対していました。
まさに滅びに向かっていたのです。
もしもそれをいい加減にして残しておいたなら、イスラエルも影響されて神に敵対するようになってしまうのです。
それはその後の歴史からも明らかです。

人の命はもちろん大切で、主の律法にも「殺してはならない」(出エジプト記20:13)とあります。
しかし、主は肉体の命よりも永遠の命の重要性を知らしめるために、このような聖絶をお命じになったと思われます。

またそれは主に敵対する者のさばきの現実をも表します。
私たちはみなかつては主に敵対するもので、自分勝手な歩みをしていました。
アイの民のように滅ぼされるべきものであったのです。
しかし、主はイエス様にその罰を負わせて、身代わりとして私たちを無罪としてくださいました。
滅ぶべきアイの民から、神の民イスラエルにしてくださったのです。
感謝し、そしていつまでも神の民として生き続けましょう。

祝福を祈ります。
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2025年11月22日

2025/11/22早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨシュア記7:16-26です。

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神様は創造のみわざを通して、御自身の御性質を表しておられますが、同じように様々な出来事としてのみわざによっても、その御性質を表しなさいます。
今イスラエルが約束の地であるカナンに入ることを通しても、主は御自身を表すはずですから、ただ勝利すれば良いというのではないのです。

もしもアカンの不正を見過ごしになさったままで、カナンに入ったなら、主の聖なることがないがしろになってしまいます。
主のみわざにによって勝利・成功を与えられる者は、主を証しするものでなければならないのです。

私たちは主に様々なことを祈り求めますが、それらが主の証しになっているでしょうか。
そのために求めているでしょうか。
もしも主の御名を貶めるようなことがあるなら、主は見過ごしにされません。
アカンが人には隠せても、主には明らかであったように、私たちの心にあるものや行っていることは隠すことができないのです。
しかし、主にきよめていただくなら、その罪を赦し、悪からきよめていただくことができます。

祝福を祈ります。
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2025年11月21日

2025/11/21早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨシュア記7:1-15です。

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到底攻め取ることできないようなエリコの城を、無謀とも思えるような方法で、イスラエルは勝ち取ることができました。
それは主に従ったからです。
一方、簡単に攻め取れると思えたアイを、3000人という理にかなった人数で攻めましたが、敗北となってしまいました。
主に従わなかったからです。

このように勝利か敗北かは、すべて主によるのです。
自分がどれほど有利か、勝ち目があるか、能力があるかは、主の前には役に立たないということを知りましょう。
ただ主に従いましょう。

アカンがしたことは、主の栄光を自分の利益に変えてしまったことです。
これは教会でも、人生でも気をつけるべきことです。
この点できよい者となる必要があります。
そうでないと、せっかくの主の栄光が、価値のないものになってしまいます。
常に主の栄光を求めましょう。
自分のために与えられるものは、主からいただくのですから、それを楽しみに待ちましょう。

祝福を祈ります。
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2025年11月20日

2025/11/20早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨシュア記6:15-27です。

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ヨシュアは勝利の前に、民にその後のことまでも指示しました。
主のみわざを信じていたからです。
私たちも主にこのように信頼する者でありたいと思います。

またそれは勝利だけが目的ではないことが分かります。
ラハブとその家族を救うようにと、信仰による救いの型を示すために指示を出しました。
すなわち主の栄光とみこころを表すための勝利なのです。

私たちの人生の戦いも同じです。
主に信頼するのは、それが主の栄光のための戦いであるときだけです。

祝福を祈ります。
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2025年11月19日

2025/11/19早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨシュア記6:1-14です。

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エリコの城壁を攻撃する方法は、人間の常識を超えたものでした。
そのやり方には何の論理的な根拠もありません。
ただ主がお命じになったというだけです。
しかし、そこには信仰的な根拠がありました。

7回まわるということについては、7は完全数を表しますから、主への従いが十分であることを表します。
城壁の周りを歩くというのは、攻撃されやすいですから、そこには主に委ねてリスクを負う信仰の勇気があります。

この世の常識に沿うことでしたら、主に従いやすいのですが、主はときとして私たちに常識を越えた従いを要求なさいます。
それは私たちに主御自身に従う信仰があるかどうかを、試すためでもあります。

もちろんそこには主の全能の知恵があることは言うまでもありません。
自分の判断よりも主の御命令、みこころを第一としましょう。

祝福を祈ります。
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2025年11月18日

2025/11/18早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨシュア記5:1-15です。

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地の王たちは「心が萎え」(1)てしまったのですから、今こそ攻め上るチャンスです。
しかし主はその前に割礼を命じました。
割礼とは男性器の皮を切るのですから、回復までには時間がかかり機会をのがすことになってしまいます。
ここに主のみこころがあります。
そもそも勝利とは主の栄光の、主の御計画のためです。
以前のイスラエルは「主の御声に聞き従わなかったので」(6)、約束の地に入ることができなかったのです。
つまり重要なのは、人間的なチャンスではなく、主のみこころにかなうかどうかなのです。
それはカナンに入ってからも同じでした。

チャンスが来ると、主のみこころと思い込んで、すぐに進んでしまいがちですが、大切なのは主に従っているかどうかなのです。
主が前進の前に、かつてのイスラエルの不従順を思い起こさせ、今一度主への従順を求めたのもそのためです。
前進の前に、決断の前に、チャンスに乗る前に、主の民であることを表し、従順を回復しましょう。
これから前進しようとするときに、過ぎ越しのいけにえをささげることで、救いは主にあることと主こそ礼拝されるべき絶対者であることが、民の心に明らかにされました。
それによって民はこれから住む場所の食物を食べて、その心構えとしました。
マナがなくなったのは、勝利の先取りです。
前進あるのみという信仰を明らかにされたのです。

またヨシュアに現れた「主の軍の将」(14)は、誰の味方とも告げずに、主の軍であることを告げました。
すなわち人間が先にあって、主がそれに味方してくださるのではなく、主の戦いが初めにあって、私たちがそれにつくかどうかなのです。

主を自分のために利用することはできません。
それでは人間同士の争いに利用されてしまうでしょう。
主の尊い愛の御計画があるのですから、それに従いましょう。
それには足から履き物を脱いで、主のしもべになることが必要です。

祝福を祈ります。
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2025年11月17日

2025/11/17早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨシュア記4:15-24です。

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主のあかしの箱が上がると、「ヨルダン川の水は元の場所に戻り、以前のように、川岸いっぱいに」(18)なりました。
主のみわざがなかったら、民はこの水の中で溺れていたことでしょう。
私たちも、主のみわざがなかったなら、このように困難の中で溺れていたのです。
時々、主の恵みを忘れて、自分で努力して前進したような錯覚に囚われてしまうことがあるかもしれません。
主のみわざがあったことを、心に留めましょう。
もしかしたら忘れていることや、気づかないでいたこともあるかもしれません。
もう一度、これまでの人生を思い起こして、感謝しましょう。

そして「神、主が、あなたがたが渡り終えるまで、あなたがたのためにヨルダン川の水を涸らしてくださったからだ。」(23)というように、主の証を伝えましょう。
もしも伝えるのが難しいなら、人々に分かるような何か(12の石のように)を工夫しましょう。

祝福を祈ります。
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2025年11月16日

2025/11/16早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨシュア記4:1-14です。

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川の中の石は丸くなっていて、他とは違う特徴があります。
背負うほどの大きな石が12個も積まれていれば、目立つでしょう。
それは川の中から拾わなくてはならないのですから、川がせき止められるという奇蹟がなければ不可能なことです。
主はこのような記念の石によって、主のみわざを記憶させました。

私たちにとっても、主のみわざを記念することは大切です。
それは奇跡のように、人間ではできないことであり、主の主権と愛の表れです。
救い、きよめ、成長、勝利などの主の恵みのみわざを忘れないようにしましょう。

「武装した約4万の軍勢は…進んで行った。」(13)とあります。
前進もまた戦いなのです。
困難が待ち受けていることでしょうが、民がひるまなかったのは、主が川を分けてこの道を作ってくださったという確信によるものです。

主のみわざを忘れずに、感謝することは前進の力であり、勝利への確信です。
主への感謝を行いで表しましょう。

祝福を祈ります。
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2025年11月15日

2025/11/15早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨシュア記3:9-17です。

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「主の箱を担ぐ祭司たちの足の裏が、ヨルダン川の水の中にとどまるとき、ヨルダン川の水は、川上から流れ下る水がせき止められ」(13)とあ
ります。
紅海を渡るときは初めに海が分かれたのですが、ヨルダン川では先に足が入るのです。
これは救いときよめの違いを表します。
救いのときは十字架の贖いが全て整っていて、ただ受け入れれば良いのです。
一方きよめは、自分から困難の中に身を投じていく信仰が必要なのです。
それは悔い改めであり、人生をかけた祈りであったり、またはリスクをかけての従いであったりします。

ただしそのような中にも契約の箱が先立っていたように、私たちには主の救いの契約がありますから、安心してよいのです。
主の愛を信じて一歩を踏み出すなら、川がせき止められたように、主によって状況が変えられ、すばらしいことが起こるのです。

信仰をもって、それぞれに主から与えられたヨルダン川を渡りましょう。
主を信じて一歩を踏み出しましょう。
主の御心ならばだいじょうぶです。

祝福を祈ります。
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2025年11月14日

2025/11/14早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨシュア記3:1-8です。

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奴隷状態から救われたイスラエルが、約束の地に入ろうとしています。
そのためにはヨルダン川を渡らなければならず、そのためには信仰の決断が必要でした。
そこには救いの主がともにおられるという約束があり、彼らの守りはまさにその主であったのです。
それゆえ「契約の箱を担ぎ、民の先頭に立って」(6)行くことが必要だったのです。

私たちクリスチャンも死と奴隷の状態から救われた者で、約束の地を目指しているものです。
それは終末的には栄化であり、地上においては聖化です。
すなわち御霊の実を結ぶ人格となることです。
それには、このヨルダン川の出来事と同じように、主の契約すなわち救いの約束が何よりも先立つのです。
その確証があるなら私たちは、「今まで、この道を通ったことがない」(4)というような未知の領域でも、聖霊の実を結ぶことができるのです。

救われていること、すなわち主の契約があることを確信して、また主の臨在があることで安心して、未知の領域に挑戦していきましょう。
その際の勝利は、どんな中にあっても聖なる実を結ぶ人格となることです。
それが勝利であり約束の地を、この地上で手に入れるということです。

祝福を祈ります。
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2025年11月13日

2025/11/13早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨシュア記2:15-24です。

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ラハブはひもの赤い目印によって救われました。
これはかつて神様がエジプトを打ったときに、イスラエルの家々が羊の血の赤い目印によって、救われたのと似ています。
それはまさにイエス様の十字架の血によって、私たちが救われたことのひな型です。

イスラエルの勝利が決定していて「あの地の住民はみな、私たちのゆえに震えおののいてい」(24)るのと同じように、主の永遠の勝利は決定しており、サタンはおののいています。

救われていること、永遠のさばきを免れたこと、勝利者の側に入れられたことを感謝し安心しましょう。
またラハブのように家族の救いを求めましょう。
家族を救いの「家に集め」(18)ましょう。
時は迫っているかもしれません。
いつまでチャンスがあるかどうかは分からないのですから。

祝福を祈ります。
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2025年11月12日

2025/11/12早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨシュア記2:8-14です。

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「アモリ人の二人の王シホンとオグにしたこと」(10)というのは主のみわざです。
それは、悪しき性質を持ち屈強な民であったその民に、イスラエルが勝利したということです。
彼女の決断は単にイスラエルを助けたということだけではなく、命がけのものでした。
自分の支配者に背くことになるからです。

主は彼女の信仰に答えて、後にイエス様の系図に入れてくださり、異邦のしかも遊女でも神の救いにあずかるということを示されたのです。
主に従うということは決断が必要です。
勇気をもって主を選び取り、滅びの行いから命の行いへの方向転換をしましょう。

祝福を祈ります。
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2025年11月11日

2025/11/11早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨシュア記2:1-7です。

本文とメッセージはこちら

ラハブは神様のわざを聞いていました。
それでイスラエルの神に従ったと思われますが、おそらくそれだけでなく、エリコの王や人々の悪に嫌気がさしていたと想像できます。

彼女は遊女という不道徳とも理解される生活をしていましたが、それにも事情があったのでしょう、心は純粋であったようです。
主はその心をご覧になったのでした。
人をうわべでなく、その心で見るようでありたいと思います。

これはまさに後の時代になって、イエス様が遊女を受け入れて神の国を語られたことを想起させます。
神の国の価値観で生きる私たちも、また教会もその価値観が問われます。

祝福を祈ります。
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2025年11月10日

2025/11/10早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨシュア記1:10-18です。

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イスラエルの民はヨシュアを新しい指導者として、彼の指示に従いました。
彼はモーセのような実績はありませんでしたが、主が彼を立てられたので、ヨシュアに従うということは主に従うことであったからです。
教会でも色々なイベントや活動によってリーダーになる人が存在します。
誰が偉いというのではなく、それは主から与えられた役割です。

ヨシュアも主のみことばを聞き、従うことのゆえに15節のように希望を語ることができました。
これがリーダーの資質です。
どんな小さな働きのリーダーでも、人を励まして主のみこころを行おうという場合は、主との交わりが重要です。
またそれゆえの希望による動機付けが大切なのです。

また民に関していうなら、そのようなリーダーに従うことが、その役割です。
16節にあるように従うことができる人々がいることは、リーダーの存在にまさって重要で、主はそのような従順な人を求めておられます。
そのような人は17〜18節にあるように、リーダーをも励まして育てることもできるのです。

祝福を祈ります。
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2025年11月09日

2025/11/9早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、ヨシュア記1:1-9です。

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モーセという偉大な指導者を失ったことは、イスラエルにとって大きな不安に違いありません。
しかし神様はあっさりと、その事実を認めるようにイスラエルに迫ります。
信仰者は主の導きの確かさを信じて、過去にこだわることなく前進する必要があるのです。

新しい地に行く前に、主はいくつかのことを命令なさいます。
一つはヨルダン川を渡りなさいということです。
当時はその水かさが多く、簡単に行き来できるような川ではありません。
決心して前に進み、そこから後戻りできない状態で、主に従うかどうかが問われています。

次には勝ち取りなさいということです。
行きなさいといっても、そこには異教の民がいるのですから、戦わなければなりません。
リスクを恐れずにチャレンジして、努力するのです。

最後には律法と守り行えということです。
何のために勝利が約束されているのかというと、それは神様の栄光と勝利のためにです。
私たちの人生でいえば、主の愛と主の勝利、そして主の栄光は一つです。主に背いた者が主の栄光にあずかることはできません。

これから新しく前進する人も、すでに前進を始めている人も、これらのことを主の命令として、従いましょう。
そしてヨシュアのように勝利をいただきましょう。

祝福を祈ります。
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2025年11月08日

2025/11/8早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、テモテへの第2の手紙4:9-22です。

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パウロは自分の死が近いことを感じて、何ごとも率直に書いているようです。
テモテに頼みごとをして、彼に対する信頼を表し、また信仰からそれた人のことも書いていますが、それはテモテに警戒を教えるためかもしれません。

そしてそのような中でパウロは最終的には「主は私とともに立ち、私に力を与えてくださいました。」(17)と、証しをしています。
私たちも自分がさらけ出されるような状況で、率直に語ってしまうようなときにも、最後は主を讃えて感謝するような者でありたいと思います。
正直な証し人となりましょう。

祝福を祈ります。
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2025年11月07日

2025/11/7早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、テモテへの第2の手紙4:1-8です。

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「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても…」(2)とあります。
伝道など今は無理とか、教会に誘っても来ないと思う…などと言うのを聞くことが多いですが、それでも聖書に書いてあることを話題にすることはできるでしょう。

それも無理なら行動によって「みことばを宣べ伝え」(2)ることはできます。
つまりみことばを行うのです。
実はそれが一番効果のある伝え方です。
またイエス様の方法です。

パウロはテモテに「自分の好みにしたがって...教師を寄せ集め」(3)て行くような時代になると言っています。
いつの時代にもそのような異端は出現しますが、もしも私たちが聖書の教えを自分たちの都合で、取捨選択したり無視したり、または別の考えややり方をするなら、同じことです。

パウロのように投獄されてでも、主の教えを曲げずにそのために生きた人によって、聖書は伝えられてきました。
私たちもその担い手となることが主から求められているのです。

祝福を祈ります。
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2025年11月06日

2025/11/6早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、テモテへの第2の手紙3:10-17です。

本文とメッセージはこちら

クリスチャンに限らず、真理や正義に生きようとする人は、この世では苦しいことがあります。
人の形が罪ゆえに壊れてしまっているからです。
この世の正義でさえ、そのために犠牲を払って勝ち取ろうとする人が大勢います。
まして永遠の命のため、永遠の価値のために犠牲を払うのは当然といえば当然のことです。

とはいえ初代教会の時代には、「迫害」(11)があり、クリスチャンたちは猛獣の餌食にされたりしたのですが、それでも多くの人々が天国の希望のゆえに信仰を守り通したのです。
私たちもときには厳しい選択に迫られることがあるでしょう。
苦しみを逃れるために、または成功を手に入れるために信仰から離れるか、それとも「だましたり、だまされたりして、ますます悪に落ちて行」(13)くことをよしとしないで、信仰を守り続けるか…です。

日頃から小さなことでも主のみこころを選び取っているなら、間違いに落ちることはないでしょう。
「最も小さなことに忠実な人は、大きなことにも忠実…」(ルカ16:10)とあるように。
そのような神様に忠実な人は聖書を読み、また神のことばである聖書に忠実です。
生活、人生の目的、教会の在り方などなど、聖書にしっかりと聞いて歩んで行きましょう。

祝福を祈ります。
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2025年11月05日

2025/11/5早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、テモテへの第2の手紙3:1-9です。

本文とメッセージはこちら

パウロはテモテに、教会の人々への指導について具体的に書きましたが、それら地上の歩み方をよきものにするには、「終わりの日」(1)についての正しい知識が必要です。
主の最終的なさばきのときには、善と悪、また信仰と反逆が明確になります。
それによって主の正しさが鮮明になるのです。

ここにあるような言動をする人々が現れるということですから、それを見聞きしてもうろたえることはありません。
もしかしたら教会にそのような人が入り込んでくるかも知れません。
教会がキリストの体であることを知って、キリストのために守ろうとする人は、「真理に逆らって」(8)いる人から教会を守る必要も感じるでしょう。

聖書のみことばを日頃から学び、従い、また教会と主イエスを愛して、必要な時に必要な決断ができるような、信仰の勇者となりましょう。

祝福を祈ります。
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2025年11月04日

2025/11/4早天メッセージ

本日の聖書箇所は、リビングライフにしたがって、テモテへの第2の手紙2:14-26です。

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「ことばについての論争」(14)を避け、「務めにふさわしい」(15)者となるために、自分をささげ、「俗悪な無駄話を避け」(16)て、真理からはずれないようにしましょう。
無駄話とは、ここでは人々を不敬虔にするような話のことです。

世の中の価値観、また成熟していない人の価値観では、論争に勝てる人は「務めにふさわしい」(15)ように思われますがそれは違います。
本当にふさわしい人は「まっすぐに説き明かす」(15)人であり、イエスを「恥じることのない働き人」(15)のことです。
ことばで人に勝つよりも、このような純粋な者となって、神様の価値観で生きましょう。
また尊いことに用いられる器となりましょう。
尊いというのは、きれいな仕事というのではありません。
また高級な仕事でもありません。
それは神にとって「役に立つもの」(21)ということです。
この世の価値観ではなく、神様の価値観で自分の働きを尊いものとしてゆきましょう。

争わず柔和でありましょう。
訓戒することも大切ですが、柔和な心によって「神」(25)が「悔い改めの心を与えて、真理を悟らせてくださる」(25)ようにしましょう。
決して自分が戦ってしまわないことです。

祝福を祈ります。
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